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18話

帰路は思ったよりもあっさりしたものだった。


 ホブゴブリンのような、ヒロシでは手に負えない強力なモンスターとは遭遇せず、遭遇したとしてもゴブリンか三脚獣のみ。


 それでも疲労困憊のヒロシにとっては死にかねない危険な相手であるが、バーバラと共に動いていたのが功を奏した。


 まさに鎧袖一触、という言葉が相応しいであろう。


 ゴブリンや三脚獣が複数で襲いかかろうとも、物ともせずに粉砕。

 通路が狭くハンマーが振り回せそうにない場所では、驚くことに素手でモンスターを殴り倒していた。


 そんなバーバラの活躍もあり、なんとか奥部を抜ける事に成功。

 直ぐに中域も抜け、そして――。


 門の光が遠くに見え始める。


「ようやく出口だ。……はぁ、ほんと助かったよバーバラ」


 ヒロシはチラとバーバラを見やる。

 バーバラは魔結晶の入った小袋をじゃらじゃらと鳴らしながら、ニヤニヤと笑っていた。


「いいよ。ワタシも色々と教えてもらった。ふふん。まさかこれでお腹いっぱいご飯を食べれるだなんて」


 バーバラには、ここまでの道中でヒロシの知っているダンジョンにまつわる情報をあらかた教えていた。


 その中で、魔結晶が金銭として働き、それがあれば、食事や武器、防具、日用品。あらゆるものに交換できると説明。

 それを聞いたバーバラは、ご飯が沢山食べられる!っと目を輝かせたのである。


(まさか、真っ先に出るのが食とは、な。まぁ、それも無理はないけど)


 食事事情がよっぽど切実なのだろう。

 ヒロシは気になって、バーバラに元いた世界について聞いてみたところ、想像以上に暮らしていた世界が地獄であった。


(ろくに食べるものが存在しない過酷な自然環境。食べられる獣も数少ない上に強く、狩りの成功率が低い。その上に、土地を巡っての他氏族との争い。そりゃ飢えるか。確かに、そういうところから来たヤツらにとってはここは天国かもな)


 気にはなっていた。何故挑戦者が元の世界に戻らずにこの命の危険があるダンジョンで過ごしているのか。


 ――答えは、思ったよりも単純なのかもしれない。


 ヒロシは、門へと続く通路を歩きながら、ぼんやりと考えていた。


 元の世界に戻れる。

 それでも、戻らない挑戦者がいる。


 理由は様々だろう。だが、バーバラの話を聞いて、ひとつ腑に落ちた。


(帰る場所が“地獄”なら……戻る理由がない)


 命の危険は、こちらにもある。

 だが少なくとも、このダンジョンでは――


 戦えば、食える。生き残れば、報酬がある。力を得れば、理不尽に踏み潰されることは減っていく。


 それは、彼女の世界には存在しなかった「道」だ。


「……なあ、バーバラ」


 ヒロシは歩きながら、ふと問いかけた。


「元の世界に、帰りたいって思わないのか?」


 バーバラは足を止めない。 少しだけ首を傾げ、しばらく考えてから答えた。


「……なんで? ここなら魔結晶があればお腹いっぱい食べられるんでしょ? 帰る意味ない」


 淡々とした声。

 事実を並べただけの口調。


「そっか。そうだな。変なこと聞いた。悪いな」


「別に。気にしてない」


 門の光が見えてくる。


「あー楽しみだなぁー。なに食べよっかなぁー。お肉とかあるのかな?」


「あるぞ」


――ただし、そのお肉も魔結晶からつくられているけどな。


 と心の内で呟く。


 モルディオに、この町の物資はどうやってつくられているのかと、ふと聞いた事があった。

 その時、返ってきた答えが魔結晶によって生み出されているというものだった。


 無論、全てではないが、その多くは魔結晶から抽出された魔力によって作り出されているらしい。


 多分町中で食べられる肉もそうなのだろう。


(ま、別にマズイって訳でもないし、なんの問題もないけど)


 コツ、コツと歩く音が通路に反響する。


 門の光が、もうすぐそこだ。

 微かに外の喧騒も聞こえてくる。


 門の前に立つと、空気の質が変わった。


 ダンジョン特有の重く澱んだ空気が、境界線を境に薄れていく。

 代わりに流れ込んでくるのは、人の気配と生活の匂い。


 金属が擦れる音。 誰かの笑い声。 商人の呼び声。


 ――生きている音だ。


 ヒロシは、思わず息を吐いた。


「……戻ってきたな」


 門をくぐる。


 一瞬、視界が白く弾け――次の瞬間、見慣れた光景が広がった。


 忙しなく行き交う挑戦者たち。

 防具を鳴らしながら歩く者。荷車を引く者。壁にもたれて傷を手当てしている者。


 そして、見慣れた一匹の猫。


「おや、随分と遅い帰りだね。てっきりもう戻ってこないかと――」


「――おおぉ! 戻ってきたか! 説明も聞かずにズカズカと潜っていったもんだからビックリしたぞ!」


 猫――モルディオの声に割り込むように快活な声が響く。


 見れば、そこには岩のようにゴツゴツとした球体がいた。

 プカプカと中に浮いており、球の中心部には人の唇が喋る声に合わせて動いている。


 ともすればモンスターにも見えるが、ここは安全地帯だ。

 となると、可能性があるのは挑戦者と――


 ――案内人、だ。


 ヒロシは、すぐに理解した。


 ダンジョン内で挑戦者を導き、助言サポートする存在。

 人の形を取る者もいれば、獣の姿、無機物に近い姿の者もいる。

 その姿形は様々だが、共通しているのは――ここでは絶対的に中立で、安全を侵さない存在であるという点だ。


 その案内人が誰に話しかけているかと言えば、隣にいる少女バーバラである。

 バーバラの周囲をプカプカと浮かびながら捲し立てる。


「ほんっと、ろくすっぽ話も聞かずに一層に潜りおって! 久々にワシが担当する挑戦者だったのに直ぐにいなくなるんじゃないかと焦ったじゃろうーが! 何も知らずに急に行くのは危ないじゃろ!」


 ぷかりと揺れる球体。

 表面は岩のように硬質で、ところどころに鉱石の結晶が露出している。 口元だけが生々しく動く様子は、慣れていない者なら悪夢ものだろう。


 しかし、そんな異様にもさして気にした様子も見せずバーバラは答える。


「だって、ダンジョンに潜ればお腹いっぱいご飯が食べられるって言ったから……。あ、それより見て!これ!魔結晶がいっぱい――」


 バーバラがじゃらじゃらと鳴る小袋を球体の案内人に見せる。

 そんなやり取りを眺めながら、モルディオはヒロシに言った。


「彼女は? どうにも連れ立って出てきたみたいだけど」


「あぁ、ちょっと色々あってね」


 ヒロシはモルディオにダンジョンであった事を説明する。


 1層の奥部に行ったこと。

 そこで変質が起こり、道に迷ったこと。

 道に迷った先、バーバラと出会い、ホブゴブリン含む混成パーティーと戦ったこと。


「ふーん。なるほどね。大変だったみたいだね」


 モルディオは、感心したように尻尾を揺らした。


「一層での変質に巻き込まれ、しかもホブゴブリン混じりの混成パーティーに遭遇。運が悪いと言うべきか、それとも……」


 チラリと、バーバラの方を見る。


「運が良かったと言うべきか」


「結果的に言えば、良かったんだろうさ。こうして五体満足で無事に戻って来れたんだ」


「まぁ、そうだね。それにどうやら良い物も手に入れたみたいだしね……」


 モルディオの視線がヒロシのポーチに向かう。

 そこには魔結晶と――アーティファクト、腕輪が入っていた。


「分かるのか?」


「当然だよ。後でどんな効果か見ようじゃないか。でも今は一度宿に戻ろう。キミももう限界だろう」


「あぁ。もうあちこち痛いし、クタクタだ」


 そう言うと1人と1匹が連れたって歩き出す。


 少し進んでヒロシはふと立ち止まる。後ろを振り返って声を張り上げた。


「バーバラ! ほんとう今日は助かった! 腹いっぱい食えよ! じゃあな!」


 それだけ言って踵を返す。

 もう振り返る気力もなく、ヒロシは生きている音に満ちた町の中へと足を進めた。

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