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17話

二人が背中合わせに立った、その刹那。


 ――ズン。


 空気が、重く沈んだ。


 ホブゴブリンが、ゆっくりとグレートソードを引きずりながら前に出る。先ほどまでの荒々しい踏み込みとは違う。


 間合いを測っている。


 知能がある――そう錯覚するほど、無駄がない。


(……喋らないのに分かってる)


 ヒロシの喉が鳴る。


 同時に。


 残った槍持ちゴブリンが、低く身を屈めた。  三脚獣も、ヒロシの側面を取るように円を描く。


(……役割を変えてきた)


 弓を失った代わりに、近接で押し切る構え。


「ヒロシ」


 バーバラが、背中越しに言う。


「左、三脚。右、槍」


「……了解」


 短いやり取り。

 だが、それで十分だった。


 次の瞬間。


 ホブゴブリンが、踏み込む。


 ――ドンッ!!


 床が砕ける。先ほどよりも、速い。


 バーバラは、真正面から受けない。斜めに踏み込み、剣の根元を狙ってハンマーを叩きつける。


 ――ガァンッ!!


 金属音。だが、弾かれない。


 剣が、耐えた。


(……硬い)


 ホブゴブリンは、力任せに剣を振り抜く。


 バーバラは、半歩遅れる。


 ――ザンッ。


 肩口の装束が裂け、血が走る。


 だが、止まらない。


 バーバラは、そのまま懐に入った。


 ――ゴォンッ!!


 腹部への一撃。


 内臓を叩き潰す軌道。


 口から血を溢し、苦悶の表情。

 それでも、ホブゴブリンは倒れない。

 後退しながら、地面に剣を突き立て、体勢を立て直す。


(……思ったよりも頑丈、もうちょっと力入れた方がいいかも)


 一方、ヒロシ。


 三脚獣が、再び突進してくる。 引きずる脚を庇いながら、軌道を変えてくるのが厄介だ。


(……読みにくい!)


 ヒロシは、槍を横に振る。


 ――ガッ。


 頭部に当たるが、浅い。


 反撃。


 顎下から、牙が迫る。


「――くっ!」


 槍を支点に跳び退くが、遅い。


 ――ズンッ。


 体当たり。


 ヒロシは、壁に叩きつけられた。


「……ぐ、ぅっ」


 息が、抜ける。  視界が白く弾ける。


(……立て……立て……!)


 ここで倒れたら、終わりだ。


 槍持ちゴブリンが、間合いを詰めてくる。

 的確な突き。


 ヒロシは、槍で受ける。


 ――ガキィン!


 腕が、悲鳴を上げる。


(……重い!)


 連戦続きで体力を消耗しているヒロシでは、正面からだと押し負ける。


 ヒロシは、一瞬だけ視線を落とした。


 ――足。


 次の瞬間。


 踏み込み、自分から距離を詰めた。


 槍を引き、柄で殴る。


 ――ゴッ。


 顔面に命中。


 だが、止まらない。


(……なら!)


 ヒロシは、体を捻り、脇腹の傷を無視して突く。


 狙いは、股関節。


 ――ズブッ。


 深く刺さる。


 槍持ちゴブリンは、声も上げずに崩れ落ちた。


「……っは……」


 ヒロシは、膝をつきそうになるのを堪える。


(……まだだ)


 三脚獣が、残っている。


 だが、その瞬間。


 ――ドォンッ!!


 視界の端で、巨大な影が沈んだ。


 バーバラが、ホブゴブリンを押し倒していた。


 小柄な少女が縦にも横にも分厚く大きいホブゴブリンを押し倒すという、非現実な状況。


 剣を踏みつけ、逃げ道を潰す。


 ホブゴブリン必死な形相でなおも起き上がろうとする。


 バーバラは、ハンマーを高く掲げた。


 今までとは、違う。


 構えが、完全に戦士のそれになっている。


(……これが、気合いを込めた一撃)


 ――ゴォォンッ!!


 頭部への一撃。


 床が、瓦礫が、弾け飛びクレーター状に陥没する。


 ホブゴブリンの身体が、跳ねた。

 即死。頭部は見るも無惨な肉塊に様変わりし、遅れて光る粒子となって消えていった。


 残ったのは破壊の跡と魔結晶、そして何やら怪しげな気配を放つ腕輪が一つ。


 バーバラはハンマーを引き抜き、軽く息を整える。


 そんなバーバラを狙って三脚獣が、牙を剥き出しに飛びかかった。


「――危ない!」


 ヒロシは、叫び、咄嗟に槍を投げる。


 ――シュッ。


 一直線。


 槍は、三脚獣の横腹に突き刺さり、バーバラへと向かっていた軌道を反らした。


 その瞬間、バーバラは空気が唸るほどの速さでハンマーを振り抜き、三脚獣を粉砕。


 瞬時に光の粒子と化した。


 魔結晶が床に転がる。


 静寂。


 瓦礫が、崩れ落ちる音だけが残った。


 ヒロシは、その場に座り込んだ。


「……は……はは……」


 生きている。


 本当に、ギリギリだった。


 バーバラは、肩の血を拭い、こちらを見た。


「……ヒロシ」


「……なんだ」


「さっきの、悪くなかった」


 それは、彼女なりの最大級の評価だった。


 ヒロシは、苦笑する。


「一人じゃないとは言え、なんか、あっさり新人の壁、越えられたな」


 バーバラはホブゴブリンの死骸があった場所を見下ろし、首を傾げた。


「新人の壁? これが? まぁ確かに、結構頑丈だった、けど」


 バーバラの言葉に、ヒロシは乾いた笑いを漏らした。


「……あんた基準で言われると、そうかも知れないけどさ」


 そう言いながら、ヒロシはゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。

 戦闘の痕跡は凄惨だった。床の亀裂、砕けた石壁――そして、魔結晶。


 淡く光る結晶が、いくつも転がっている。


 三脚獣二体。 武器持ちゴブリン二体。 そしてホブゴブリン一体。


「……結構な数だな」


 ヒロシは息を整えながら呟く。


 ホブゴブリン。ヒロシは直接戦ってないものの横目で見ただけでもハッキリと強敵と分かる威容だった。恐らく今のヒロシでは勝てなかっただろう。

 バーバラがいなければ、他の取り巻きと合わせて囲まれ、殺されていた。


 そんなホブゴブリンが落とした魔結晶は他のに比べて一際大きい。


(魔結晶の価値も高そうだ。伊達に“壁”って言われるわけじゃないな)


 一方で、バーバラは魔結晶にほとんど興味を示していなかった。

 視線は、ホブゴブリンが消えた場所――そこに残された、腕輪に向いている。


 黒ずんだ金属。 装飾は少ないが、表面に走る不規則な紋様が、嫌に目を引く。


 空気が、微かにざわつく。


「……それ」


 ヒロシが、慎重に声をかける。


「なんか、普通じゃないな」


 バーバラは、しゃがみ込み、腕輪を拾い上げた。 指先で持ち上げただけなのに、ヒロシにはそれが“重そう”に見える。


「変な感じする」


「……多分、アーティファクトだ」


 アーティファクト。

 持ち主に特殊な力を付与するというダンジョンがもたらす神秘。


 どのような効果をもたらすのかは案内人に見せるまでは分からないが、中にはデメリットが付与される呪いの品もあるという。


「触って、平気か?」


「問題ない」


 即答だった。

 それが逆に怖い。


 バーバラは腕輪を腕に通そうとして――一瞬、止まった。


「……つける?」


「待て待て! まだどんな効果があるか分からないんだ! 早まるな!」


「なんで?」


「着けた人に悪い効果もたらすものもあるんだって! だから今はやめとけ!」


 ヒロシは、思わず声を荒げていた。

 自分でも驚くほど必死だった。

 バーバラは、少し考えたあと、腕輪を外す。


「じゃあ、上げる。見た目も可愛くないし」


 無造作にポイッとヒロシに投げ渡した。

 ヒロシは慌てて受け取る。


「いいのか?」


 驚いて尋ねる。


「アーティファクトなら微妙な効果でも、そこそこの値がつくぞ? もしかしたら強い効果かも知れないし、勿体なくないか?」


 町を散策した時、アーティファクトの値段を見たことがある。

 最も微妙な効果の物でも最低価格は100コアを超えていた。


 市場に流せば、新人基準だと大金が手に入るだろう。


「ワタシはいらない。ヒロシが使いなよ。ヒロシの方が弱いし」


 遠慮も忖度もない素直な物言い。

 ヒロシは思わず苦笑いを浮かべる。


「率直だな……。まぁ、事実だけどさぁ。じゃあ本当に貰うぞ? いいんだな? あとで返せって言っても渡さないからな?」


「くどい。そんなチンケな物はいらない。ワタシはもっと強くて、カッコ良くて、可愛いヤツがいい。それはいらない」


 そう言いながら、バーバラは足下にある魔結晶を拾う。


「その代わり、これはもらうから」


 ホブゴブリンの魔結晶だ。


「別にいい、ってか元々あんたが倒したものだし、あんたの物だろう」


「そうだね。じゃあ貰う――ところでこの結晶ってなんなの?」


 そう言ってバーバラは小首を傾げた。

 ヒロシは唖然とする。


「はぁ!? 嘘だろ!? それも聞いてないのか?」


「ん? うん。キラキラでカッコいいから集めてたけど、これはなんなの?」


「――これは……」


 と、言いかけて、はたと止まる。


「いや、説明は後にしよう。先ずはダンジョンを脱出するのが先だ」


「んー、まぁ、そうだね」


 ちらりと奥に見えるのは第2層へと続く階段らしきもの。

 しかし、ヒロシは理解している。


(俺にはまだ早い)


 ヒロシとバーバラは2層へと続く道に背を向け、中域へ抜ける通路を探し歩き出した。

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