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16話

二人並んで歩き始めて、どれほど経っただろうか。


 通路は次第に広がり、天井も高くなっていく。  壁の石材は粗くなり、ところどころに補強のような柱状の岩が露出している。


(……ここ、見覚えがない)


 ヒロシは内心でそう呟いた。


 中域へ続く道にしては、空気が重すぎる。  風はあるが、流れが淀んでいる。まるで、ここから先に「溜まっている」かのようだ。


 バーバラも、それを感じ取っているのだろう。 自然と歩幅を落とし、スレッジハンマーを両手で持ち直している。


「……ヒロシ」


 低い声で、バーバラが言った。


「うん、分かってる」


 ヒロシも、槍を構える。


 ――臭い。


 血と、獣と、金属。 ゴブリン特有の獣臭に混じって、より濃く、重い匂いが漂ってくる。


(……多いな)


 それも、まとまりを持った気配。


 その先で、通路が大きく開けた。


 半円状の広間。 天井は高く、壁には古い傷跡が無数に残っている。


 そして――そこに、いた。


「……うわ」


 ヒロシの喉から、思わず声が漏れた。


 中央に立つ影。


 ゴブリン――だが、明らかに違う。


 背丈はヒロシより頭一つ分は高い。 肩幅は広く、胴は分厚い。 皮膚は硬く、筋肉の盛り上がりが外からでも分かるほど。


 その手に握られているのは、両手持ちの大剣――グレートソード。


 刃こぼれだらけだが、質量だけで十分に脅威だ。


(……ホブゴブリン)


 ギルドで何度も聞いた名。

  1層と2層を隔てる“新人の壁”。


 単独で新人パーティを壊滅させうる存在。


 そして、その周囲。


 左右に一体ずつ、槍持ちゴブリン。 後方の岩陰には、弓持ちが一体。


 さらに。


 ホブゴブリンの足元。 鎖のようなもので繋がれた、異形の獣が二匹。


 胴体は低く、三本脚で地面を這う。 前脚二本、後ろ脚一本。 頭部は犬に似ているが、顎が異様に発達している。


 ホブゴブリンは群れない、というのが良く知られる情報だが、変質の影響かゴブリン二体と、三脚獣を伴っている。


(……三脚獣)


 猟犬のように使役されるモンスター。

 嗅覚が鋭く、逃走を許さない。


「……これは、まずいな」


 ヒロシは、思わず本音を漏らした。


 バーバラは、無言でホブゴブリンを見据えている。 その瞳には、怯えはない。


 ただ、戦場を見極める冷静な光。


 ホブゴブリンが、一歩前に出た。


 重い足音。それだけで、地面が僅かに震える。


 グレートソードを肩に担ぎ、こちらを睨めつける。


「――グルァ」


 低く、唸るような声。


 槍持ちゴブリンたちが、それに呼応するように散開する。弓持ちは、すでに弦に矢を番えている。


 鎖が外され、三脚獣が地面を嗅ぎ始めた。


(……完全に、狩りの布陣だ)


 ヒロシは、歯を噛み締める。


「バーバラ……」


「うん」


 二人は、短く視線を交わした。


「正面の大きいの、ワタシが行く」


「……マジか」


「大丈夫。ああいうの、得意」


 根拠のない自信ではない。 生き方そのものが、そう語っている。


「じゃあ、俺は――」


「周り、お願い」


 即座に、役割が決まる。


 ホブゴブリンが、剣を下ろした。


 ――来る。


 ヒロシは、息を吸い、槍を低く構えた。


 その瞬間。


 ホブゴブリンが地を蹴った。


 重いはずの巨体が信じられない速度で迫る。


 同時に。


 ――キィン。


 弓が、鳴る。


 ――ドンッ!!


 バーバラが一歩踏み込み、ハンマーを振るった。


 空気が裂ける音。


 グレートソードと、スレッジハンマーが正面から激突する。


 衝撃波のような音が広間に響き、壁の埃が舞い上がった。


「……っ!」


 ヒロシは、その衝撃に思わず足を踏みしめる。


(……真正面で、受けた!?)


 だが、驚いている暇はない。


 左から、槍持ちゴブリンが突っ込んでくる。  右では、三脚獣が地を蹴った。


「……ちっ!」


 ヒロシは、槍を振るい、槍持ちの穂先を弾く。


 同時に、地面を蹴って横へ跳ぶ。


 次の瞬間、三脚獣が通過した位置に牙が突き立てられた。


(速い……!)


 背後から、矢が飛ぶ。


 ヒロシは、壁際に身体を寄せ、ぎりぎりでかわす。


 戦場は、一瞬で混沌に包まれた。


 ホブゴブリンとバーバラの激突。 その余波が、周囲の戦いにも影響を与えている。


(……これが、新人の壁かよ)


 ヒロシは、歯を食いしばりながら、槍を構え直した。


 ――生きて、ここを越えられるか。


 ――ヒュンッ。


 乾いた風切り音が、戦場を裂いた。


「……ッ!」


 ヒロシは、反射的に身を捻る。 矢は頬を掠め、背後の壁に突き刺さった。


(くそ……!)


 弓持ちゴブリンは、距離を保ったまま、冷静に射線を取り直している。明らかに、ただの雑魚ではない。

 ホブゴブリンに従属する個体――統率された動きだ。


 その間にも、三脚獣が体勢を立て直し、低く唸り声を上げている。 一本の脚を引きずりながらも、まだ戦意は失っていない。


(数が多い……削り切れない)


 ヒロシの呼吸は荒い。

 脇腹の傷が、動くたびに主張するように痛んだ。


 だが、視線は戦場全体を捉えていた。


 バーバラの位置。 ホブゴブリンとの距離。  ゴブリン二体の射線。 三脚獣の動線。


(……まだ、連携できる)


 ヒロシは、声を張った。


「バーバラ! 弓、厄介だ! 俺が引きつける!」


 バーバラは、振り向かない。

 だが――短く頷いた。


「分かった」


 言葉は少ない。 だが、その声に迷いはなかった。


 次の瞬間。


 ホブゴブリンが、咆哮とともに剣を振り下ろす。


 ――ズドンッ!!


 床が割れる。 石片が宙を舞う。


 バーバラは、紙一重で回避し、即座にハンマーを横から叩きつけた。


 だが、ホブゴブリンは腕で受ける。


 ――ゴッ!


 分厚い前腕。 骨に当たった感触が、バーバラの腕に返る。

 ゴブリンならば腕ごと身体をミンチにしたであろう一撃。


「……ッ!」


 ホブゴブリンが、苦悶の声を漏らす。 だが、その顔には笑みすら浮かんでいた。


「……結構硬い」


 バーバラが、ぽつりと呟く。


 ――だが。


 それは、恐怖ではない。純粋な評価だ。


 一方、ヒロシ。


 彼は、あえて前に出た。


 三脚獣の注意を引くためだ。


「来い……!」


 低く構え、槍を突き出す。


 三脚獣が、地を蹴る。  一直線の突進。


 ヒロシは、ギリギリまで引きつけた。


 ――今!


 槍を、斜め下から突き上げる。


 狙いは、喉の下。  装甲の薄い部分。


 ――ズブッ。


 確かな手応え。


 だが――


「ギャァッ!」


 三脚獣は、悲鳴を上げながらも、なお突進を止めない。


(……倒しきれない!?)


 体当たり。


 ――ドンッ!!


 ヒロシは、吹き飛ばされ、床を転がった。


「……ぐっ!」


 視界が揺れる。


 その瞬間を、弓持ちゴブリンは逃さなかった。


 ――ヒュンッ!


(……まずい!)


 避けきれない。


 そう思った瞬間。


 ――ドゴォンッ


 視界の端で、何かが弾けた。


 矢が、空中で粉砕される。


「……え?」


 バーバラのハンマーが、矢を叩き落としていた。


 信じられない反射速度。 視界外からの介入。


「ヒロシ、立て」


 短い命令。


 ヒロシは、歯を食いしばり、転がるように立ち上がった。


「……助かった」


「気にしない」


 バーバラは、ホブゴブリンを睨んだまま言う。


「ワタシは、でかいのをやる。ヒロシは同じく周りのやつをやって」


 ホブゴブリンが、再び踏み込む。


 今度は、横薙ぎからの連撃。

 剣技としては荒いが、純粋な質量が脅威だ。


 バーバラは、受けない。 避け、いなす。


 そして――


 ――ズンッ!!


 ハンマーを、床に叩きつけた。


 衝撃波。


 石床が砕け、ホブゴブリンの足元が崩れる。


「……今!」


 ヒロシは、理解した。


 弓持ちゴブリンが、体勢を立て直すため、一瞬だけ動きを止めた。


 ――その瞬間。


 ヒロシは、全力で駆けた。


 痛みは無視。 息切れも無視。

 アドレナリンを全開に、矢が放たれる前に、距離を詰める。


「――ッ!」


 槍を、低く突く。


 腹部。


 弓持ちゴブリンは、咄嗟に後退しようとしたが――遅い。


 ――ズブッ。


 致命傷。


 ゴブリンが、呻き声を上げ、崩れ落ちる。


「……一体」


 だが、まだ終わらない。


 槍持ちゴブリンと、三脚獣。 そして――ホブゴブリン。


 ホブゴブリンは、足場を立て直し、血を吐きながらも笑っていた。


「……オオ……」


 その目は、狂気と戦意に満ちている。


 バーバラは、ハンマーを握り直した。


「……中々楽しい」


 ヒロシは、その言葉に背筋が寒くなるのを感じつつも、槍を構える。


「……まだ、終わってないぞ」


 二人は、再び背中合わせに立った。

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