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14話

(……あぁ、酷い目にあった)


 ヒロシは瓦礫の陰に隠れながら、痛む患部に傷薬を塗り応急措置を行っていた。


 町で購入したこの傷薬は新人向けのもので非常に安価。

 ほんの僅かな鎮痛作用と気持ち程度の回復促進効果というしょっぱい代物だが、無いよりマシだ。


 簡単な応急措置を終えると、僅かな水と小さなブロック状の携行食で素早くエネルギーを補充する。


 味のほとんどない安物だが、戦闘続きで気力もエネルギーも枯渇した肉体には良く染み渡る。


(あーあ、最悪だ。道が分かんなくなっちゃった)


 自嘲気味にそう思いながら、ヒロシは壁に背を預け、ゆっくりと立ち上がった。

 身体の節々が軋む。呼吸をするたびに、脇腹が鈍く痛む。


 だが――動ける。


(……まだ、行けるな)


 槍を拾い上げ、軽く握り直す。

 手の感触は変わらない。歪みもない。刃も死んでいない。


 それが、ひどく心強かった。


 周囲を見渡す。

 通路は三方向に分かれている。


 どれも似たような幅。似たような石壁。

 目印になりそうな傷も、瓦礫も――どれも“それらしく”見えてしまう。


(……落ち着け)


 ヒロシは、目を閉じて深く息を吸った。


 焦りは判断を鈍らせる。

 さっきの死闘で、身をもって思い知らされた。


 まずは、音。


 耳を澄ます。


 ――水の滴る音。

 ――どこかで、微かに空気が流れる気配。


 ダンジョンは、生きている。

 完全な無音は、滅多にない。


(……風)


 左手側の通路。

 わずかだが、頬を撫でるような空気の動きがある。


 出口に近い通路ほど、空気は動く。

 これは、モルディオから何度も聞かされた基本だ。


(賭けるしか、ないか)


 ヒロシは、慎重に左の通路へ足を踏み入れた。


 一歩。

 二歩。


 足元を確かめながら、ゆっくりと進む。


 途中、壁に浅い爪痕を見つけた。

 ゴブリンのものだろう。だが、新しい。


(……さっきの連中の仲間、か?)


 背筋に、冷たいものが走る。


 ここでまた戦闘になれば――正直、厳しい。


 ヒロシは、歩調をさらに落とした。


 数分ほど進んだところで、通路が緩やかに上り坂になっていることに気付く。


(……上?)


 1層奥部から中域へ戻る道は、確かに“少しずつ上り”だったはずだ。


 記憶と、感覚が一致する。


(……当たり、か?)


 希望が、胸の奥で小さく灯る。


 だが、その直後。


 ――ゴリッ。


 足元で、石が崩れた。


「……っ!」


 咄嗟に体勢を立て直す。

 落下ではない。だが、床の一部が不自然に沈んだ。


(……罠? いや……)


 ヒロシは、ゆっくりと足を退けた。


 床に、円状の亀裂。

 中心が、僅かに沈み込んでいる。


(……自然じゃない)


 モンスターが仕掛けた罠、というより――

 ダンジョンそのものの歪み。


 変質の影響だ。


 迂闊に踏み込めば、床が抜けるか、地形が変わる可能性がある。


(……ほんと、容赦ないな)


 別の足場を探し、慎重に通過する。


 額に、冷や汗が滲む。


 それでも、進むしかない。


 さらに進む。特に代わり映えのない景色。

 中域に近付いているのであれば、通路が少しずつ広くなり、天井も高くなるはず。


(もしかして、このルートは違うのか)


 頭を過る、その嫌な予感にヒロシは顔をしかめる。


 ――そのとき。


 遠くから、微かな音が聞こえた。


 ――金属が触れ合う音。

 ――人の声……のようなもの。


「……!」


 ヒロシは、思わず足を止めた。


(……他の挑戦者?)


 確信はない。

 だが、モンスターの唸り声とは違う。


(俺と同じく迷ったのか?)


 ヒロシは、息を殺したまま耳を澄ませた。


 ――金属音。

 ――低く、短い呼吸音。


(……一人、か?)


 複数人で行動しているなら、声や足音がもう少し雑になる。

 だが、聞こえてくるのは、慎重すぎるほど抑えられた音だけだった。


(……罠、じゃないよな)


 ギルドで聞いた挑戦者狩り、という言葉が頭をよぎる。


 アーティファクトや魔結晶を強奪するために同じ挑戦者に襲いかかる無法者たち。


 大したものを持たない新人たちが多い低階層では滅多にいないそうだが、絶対とは言えない。


 とは言え、状況的にはほぼ有り得ないだろう。恐らく自分と同じように迷ってしまったのだとヒロシはあたりをつける。


 ヒロシは、槍を構えたまま、音のする方へゆっくりと歩き出した。


 一歩ごとに、足場を確かめる。

 瓦礫を踏まないよう、壁沿いを選ぶ。


 数十歩ほど進むと、通路が少しだけ開けた。


 天然の小さな空洞。

 天井は低いが、通路よりは広い。


 そこで――


「……?」


 ヒロシは、思わず声を漏らしそうになり、慌てて口を押さえた。


 そこにいたのは、少女だった。


 年の頃は、ヒロシよりも下。二十歳はこえていないだろう。

 肌は浅く焼け、小柄ではあるものの荒縄の如く引き締まった体つき。

 髪は黒く、太く、後ろで一本に束ねられている。


 身に着けているのは、布を主体にした簡素な装束。

 装飾は少ないが、鮮やかな色糸で縁取られており、どこか異国的だ。


(熱帯地域辺りの少数民族に似てるな)


 そんな言葉が、自然と頭に浮かぶ。


 そして何より目を引いたのは、その武器。


 少女の手には、大型のスレッジハンマーが握られていた。


 柄は太く、金属製の頭部はヒロシの胴ほどもある。

 明らかに重量級。

 あれを振り回すには、人間を超えた膂力が必要な代物だ。


(……あれを、あの体格で? 加護か?)


 驚きと同時に、警戒が走る。


 少女は、ヒロシに背を向けていた。

 瓦礫のそばに腰を落とし、何かを確認するようにハンマーの頭部を撫でている。


 傷、だろうか。


(……戦闘後?)


 ヒロシは、一歩踏み出そうとして――止まった。


 不用意に近づけば、敵と誤認される。

 あの武器を振るわれたら、防具があっても無事では済まない。恐らく即死。


 だが、この距離で隠れ続けるのも危険だ。


 意を決し、ヒロシは槍を下げ、両手が見えるようにして一歩前に出た。


「……あの」


 声をかけた瞬間。


 少女が、信じられない速度で振り向いた。


 同時に、スレッジハンマーが持ち上がる。


 ――ゴッ。


 空気が、鳴った。


 ヒロシは、反射的に後退する。


 ハンマーの頭部が、さっきまでヒロシの胸があった空間を通過し、石壁に激突した。


 ――ドンッ!!


 鈍い衝撃。破砕音。

 石が砕け散り、粉塵が舞う。


「……っ」


 ヒロシは、言葉を失った。


(……冗談だろ)


 あの一撃。

 直撃していたら、骨どころか内臓まで潰れてミンチになっていた。


 少女は、すぐに追撃しなかった。

 ハンマーを構えたまま、鋭い視線でヒロシを睨みつける。


 黒曜石のような瞳。

 敵を前にした、純粋な警戒。


 ヒロシは、ゆっくりと両手を広げた。


「待ってくれ。俺は……人間だ。挑戦者だ」


 言葉が、通じるかどうか、一瞬不安になる。

 だが――


「………」


 少女が、何かを見定めるようにヒロシを見つめる。

 何も言わずにじっと。ハンマーは構えたまま。


 ヒロシも何も言わずに見つめ返す。


「………」

 

 そして数秒の時が過ぎ、一向に口を開く様子のない少女の様子に根負けしたヒロシは口を開いた。


「俺は敵じゃない。道に迷って、人の気配がしたから来た、ただそれだけだ」


 少女は、更に数秒間、黙ってヒロシを見つめていた。


 その間も、ハンマーは下げられない。


 やがて、少女はゆっくりと武器を床に立て、柄に体重を預けた。


「……あなた、血の匂いがする」 

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