11話
「流石に粗悪品とは違うなぁ」
ヒロシは手に取った槍を見ながら、そう呟いた。
依頼を終えた次の日、ヒロシは新たに槍を購入するべく町中を散策していた。
元々使っていた槍は1コアでギルドから借りた粗悪品だ。
今後、モンスターとの戦闘が激化する事を考えたら、しっかりとした武器が必要になる。
そこでヒロシは武器屋に赴き、新たに槍を購入した。
なんの変哲もない普通の鉄製槍だが、重さ、バランス、耐久性、切れ味、全てとっても粗悪品の槍とは比べ物にならない、上物だ。
一品ものではなく、量産品らしいがそれでも十分。
間違いなく、戦力は上がった。
また武器のみならず、急所をガードするための装備も購入。
服も元から来ていたものではなく、モンスターの牙や爪を通しにくい丈夫な布製の物を購入した。
しかし、その結果。
「あーぁ。俺の魔結晶がぁ……」
その寂しくなったポーチの中を見て、ヒロシは悲しげな溜め息をついた。
「25コア。だいぶ思いきったね。素寒貧じゃないか」
購入したものは、どれも新人向けの商品。かなり安めではあったのだが、それでもダンジョンに来てまだ日の浅いヒロシにとっては財布に大打撃を与える大きな買い物だった。
「でも、ここから先、1層奥部、そして新人の壁と言われる2層にたどり着くためには最低限これくらいは必要なんだろ?」
「まぁ、そうだね。パーティーを組むのならともかく一人で2層を目指すなら初期装備は無謀だよ」
モルディオは軽く肩をすくめる。
「それに命を賭ける場所に行くんだ。装備に金を使うのは、一番堅実な判断さ。生き残れれば、また稼げる」
「分かってるけどさ……頭では分かってても、実際に減ったのを見ると来るものがあるな」
ヒロシはポーチを閉じ、腰に結び直した。軽くなった感触が、妙に現実的だ。
試しに、新しい槍を構えてみる。足を開き、腰を落とし、穂先を前に出す。
(……違うな)
粗悪品のときは、構えた瞬間からどこか頼りなさがあった。
柄がしなりすぎる。 穂先がぶれる。力を込めるほど、不安が増す。
だが今は違う。 手に吸い付くように収まり、力の流れがそのまま穂先まで通る感覚がある。
軽く突きを入れる。 空を切る音が、短く鋭い。
「……これなら」
無意識に、口元が緩んだ。
「うん、その顔だよ」
モルディオが、楽しそうに尻尾を揺らす。
「武器に振り回される段階を抜けて、武器を使い始めた顔。やっと“挑戦者”らしくなってきたね」
「大げさだな」
「いや、結構重要なんだ。装備を信頼できないと、人は無意識に動きを抑える。ダンジョンじゃ、その一瞬が命取りになる」
ヒロシは頷いた。 思い返せば、これまでの戦闘でも、どこかで“槍が折れたらどうしよう”という意識が常につきまとっていた。
それがない。 それだけで、呼吸が楽になる。
「……でも、これで失敗したら、本当に後がないな」
「だからこそ、無茶はするなよ?」
モルディオは、珍しく真面目な声で言った。
「1層奥部からは、敵も環境も一段変わる。特に今は変質が進んでる。油断してる新人ほど、静かに消えていく」
「忠告ありがとう。気を付けるよ。油断はしない。絶対に」
モルディオは、その言葉を聞いて一瞬だけ目を細めた。
「……うん。その言い方なら大丈夫そうだ」
「どういう意味だよ」
「本当に危ない奴ほど、“大丈夫”って言うからさ。キミはちゃんと“危ない”って分かってる」
ヒロシは苦笑し、肩をすくめた。
「自覚がある分、余計に怖いんだけどな」
「それでいい。恐怖は、慣れるものじゃない。付き合い方を覚えるものだ」
街路を歩きながら、モルディオは続ける。
「1層奥部は、中域までとは少し勝手が違う。通路は狭く、視界も悪い。奇襲を前提に動くモンスターが増えるし、単純に“数”で押してくることもある」
「……複数か」
「そう。ゴブリンなら二体、三体。同時に槍を向けられたら、今のキミでも無事じゃ済まない」
ヒロシは、無意識に槍の柄を握り直した。
「だから、戦う前に決めておくんだ。どこまで進むか。どこで引き返すか。欲張ると、帰れなくなる」
「分かってるつもりだよ」
「“つもり”は、ダンジョンじゃ通用しない」
ぴしり、と釘を刺され、ヒロシは小さく息を吐いた。
「……じゃあ、どうすればいい?」
「簡単さ」
モルディオは尻尾で前方を指す。
「帰り道を、常に意識すること。背中に目をつけてるつもりで進め。逃げる準備をしながら戦うんだ」
「逃げる準備、か……」
少し歩くと、宿屋の看板が見えてきた。 ダンジョン帰りの挑戦者が集まる、安宿だ。
「今日はここで休もう。新しい装備は、実戦前に身体に馴染ませておくといい」
「軽く素振りでもしておくかな」
「やりすぎるなよ。疲労は判断を鈍らせる」
宿の前で足を止め、モルディオはヒロシを見上げる。
「明日からは、いよいよだ。1層奥部を越えれば、2層が見えてくる」
ヒロシは、短く頷いた。
「……新人の壁、か」
「多くの挑戦者が、そこで立ち止まる。越えられないんじゃない。越え方を知らないだけさ」
モルディオは、少しだけ意味ありげに笑った。
「キミがどうなるかは――まだ分からない。でも」
一拍置いて、言う。
「今のキミなら、“壁を見るところ”までは、確実に行ける」
その言葉が、妙に胸に残った。
ヒロシは宿の扉に手をかける。 木の感触が、確かにそこにあった。
(……やるしかない)
恐怖は消えない。 だが、逃げ場もない。
新しい槍の重みを確かめるように、一度だけ背中に手を回し――ヒロシは、静かに扉を押し開けた。




