10話
「んーやっぱり、そうですかー。槍持ちが増えてるんですねぇ。実は他の挑戦者の方たちからも発見報告が多くなってるですよ。間違いなくダンジョンの変質ですね」
ギルドの受付、職員――角の生えた女性が悩ましそうに眉を寄せる。
「槍持ちかぁー。新人さんの怪我が増えそうですねー。リタイア者も多くなりそうです。何か対策しないと、ですねぇ」
そう言ってヒロシを見る。
「ともあれ、よくご無事でした。依頼は達成です。お名前は、何でしたっけ」
「ヒロシです」
名前を名乗り依頼タグを返却する。
「確認しました。それではこれが今回の報酬です」
職員より手渡されたのは、1つ2コアの魔結晶が5つ。
10コアである。
「ありがとうございました。是非また依頼を受けて下さいねー」
ヒロシは魔結晶をポーチに仕舞い、ギルドを後にする。
「それにしても、よく槍持ちのゴブリンを二体も仕留めたね。結構驚きだよ」
隣を歩くハット被った猫にして案内人、モルディオが素で驚いたかのようにヒロシをみやる。
「なんか、うまく言葉に出来ないけど、戦い方っていうのか、身体の使い方っていうのか、よく分かるようになってきたんだよね。分かりやすく素早くなったり、パワーが上がってる訳ではないんだけどキレと精度に関しては間違いなく向上している」
「んー普通は、この段階でそんなに分かりやすく成長なんて実感できない筈なんだけどね。加護なら説明もつくけど、そういう訳でもなさそうだし。案外、キミ自身に戦いの才能があるんじゃない?」
「俺に? そう言われると満更でもないけど、多分違うと思う。身体が温かくなる現象を境に動きが良くなってるぽいから、ダンジョン要因な気がする」
ヒロシは特筆して運動神経が良かった訳でもない。別に悪くはなかったし、良いと悪いなら、恐らく良い寄りではあるが、言っちゃえばその程度だ。
戦いの才がある、というのは納得いかなかった。
「まぁ、成長の実感は、個人の感覚よってマチマチだし、成長速度も人によって違う。キミはもしかしたら成長を感じやすく、かつ成長が速いタイプなんだろうね。良かったじゃないか、適正大有りだよ」
「適正、ね……」
ヒロシは苦笑しながら、通りの石畳を踏みしめた。
夕方に差しかかり、町は昼とは少し違う顔を見せ始めている。
仕事を終えた挑戦者たちが酒場へ流れ、露店は片付けを始め、代わりに灯りが増えていく。
「でもさ、適正があるって言われても、正直まだ実感は薄いよ。怖いのは相変わらずだし」
「それでいいんだよ」
モルディオは帽子のつばを指先で押さえ、前を見たまま言った。
「怖さが消えたら、それは“慣れ”じゃなくて“慢心”だからね。ダンジョンに一番殺されやすいのは、実はそっちの方さ」
「……耳が痛い」
「でしょ?」
軽い調子とは裏腹に、その言葉は妙に重かった。
少し歩くと、通りの端にある訓練場が見えてくる。
木製の杭が並び、何人かの新人が武器を振っていた。
汗まみれで剣を振る者、槍の扱いに苦戦している者。
ヒロシは、無意識のうちに足を止めていた。
(……ほんの少し前まで、俺もああだったんだよな)
構えが甘く、足運びもぎこちない。
あの頃の自分を、外から見ているような感覚。
「行かないの?」
モルディオが気づいて声をかける。
「いや……今日はいい」
ヒロシは首を振った。
「ダンジョンでの動きと、ここでの訓練って、なんか違う気がしてさ」
「ふむ」
「悪い意味じゃないんだけど……実戦の方が、身体に残る感じがする」
モルディオは一瞬だけ目を細め、それから小さく笑った。
「それ、結構危ない発言なんだけどね。でもまぁ……キミの場合は、分からなくもない」
「え?」
「ダンジョンってさ、単なる訓練場じゃない。生き残った者にだけ、何かを“与える”場所でもある」
その言い方に、ヒロシは眉をひそめた。
「与える?」
「はっきりした言葉じゃ説明できないよ。強さだったり、勘だったり、経験だったり……あるいは、キミが言ってた“身体が温かくなる感覚”みたいなもの」
モルディオは尻尾を揺らしながら続ける。
「全員が同じものを得るわけじゃない。でも確実に、何かは刻まれる。だからこそ、同じ一層でも十年選手と新人じゃ、まるで別物になる」
「……じゃあ俺は、その“刻まれやすい”タイプってことか」
「そうだね。しかも」
モルディオは、ちらりとヒロシを見る。
「ちゃんと引き際を守れる。欲張らない。無茶をしない。それでいて、観察する」
「褒めてる?」
「珍しくね」
ヒロシは思わず笑った。
「それなら……もう少しだけ、続けてみるよ」
「“少しだけ”?」
「調子に乗らない程度に、な」
「上出来だ」
宿の前まで来ると、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
ヒロシは扉に手をかける前に、ふと思い出したように口を開く。
「なぁ、モルディオ」
「ん?」
「もしさ……このまま潜り続けたら、俺はどこまで行けると思う?」
モルディオは、すぐには答えなかった。
少しだけ考え、それから肩をすくめる。
「さぁね。それを決めるのは、ボクじゃない」
そして、にやりと笑う。
「でも一つだけ言えるのは――今のキミは、“ダンジョンに拒まれてはいない”ってことさ」
その言葉を胸に、ヒロシは宿へと足を踏み入れた。
今日もまた、潜った。
深くはない。無理もしない。
だが確実に、一歩ずつ。
ダンジョンは常に姿を変え続けている。
そして――挑む者もまた、静かに変わり続けていた。




