第八章 路盤という基礎
第二工区の工事は、予想以上の困難を伴った。
「誠一さん、問題です」
ベルンが深刻な顔で報告してきた。
「この区間の土壌が——異常なんです」
「異常?」
「はい。魔力の含有量が、通常の三倍以上あります。しかも——」
ベルンは地面を指差した。
「雨が降ると、土が膨張するんです。まるで——生きているかのように」
誠一は土石鑑定を発動した。
【高魔力粘土質土壌 魔力含有率:12.3%(通常の3.1倍) 膨張係数:高い 安定性:極めて低い】
「……なるほど」
厄介だ。
この世界の土壌には魔力が含まれている。それは最初から分かっていた。しかし、この区間は特に魔力が濃い。そのせいで、土が不安定になっている。
「普通の圧密では——効かないかもしれん」
ベルンが言った。
「魔力が邪魔をして、土が固まらないんじゃ」
「別の方法を考える必要があるな」
誠一は腕を組んだ。
日本の土木技術では、軟弱地盤の対策として様々な工法が存在する。セメント固化、石灰固化、サンドマット工法——しかし、それらをこの世界で再現するのは困難だ。
「ベルン殿、魔力を——封じ込めることはできないか」
「封じ込める?」
「スラム街の広場でやったように。極限まで圧密して、魔力を閉じ込める」
ベルンは首を振った。
「あの時は、魔力が少なかった。今回は量が多すぎる。わしの魔力では——」
「複数人でやればどうだ」
「複数人……?」
誠一は周囲を見回した。若い土魔法使いたちが、不安そうな顔で様子を見ている。
「全員でやる。ベルン殿が指揮を取り、全員の魔力を合わせて圧密する」
「そんなことが——可能なのか」
「やってみなければ分からん」
誠一は言った。
「舗装工事はチームワークだ。一人でできないことも、チームならできる。——やるぞ」
土魔法使い七人による、合同圧密作業が行われた。
ベルンを中心に、若い魔法使いたちが円陣を組む。それぞれが両手を地面に向け、魔力を集中させる。
「土よ——我らの意に従え」
ベルンの声に合わせて、全員が詠唱を始めた。
魔法陣が浮かび上がる。一人の時より、遥かに大きく、複雑な紋様だ。七人分の魔力が集まり、一つの力となって地面に注がれる。
「『大地の封印』——!」
地響きが起こった。
地面が振動し、土埃が舞い上がる。粘土質の土壌が、目に見えて変化していく。ぶよぶよとした感触が消え、固い岩のような手触りに変わる。
土石鑑定を発動する。
【封印処理済み土壌 魔力封入率:99.8% 膨張係数:極めて低い 安定性:高い】
「——成功だ」
誠一は叫んだ。
「やったぞ!」
土魔法使いたちから、歓声が上がった。
「すごい……!」
「本当に固まった……!」
ベルンは疲れた顔をしていたが、満足そうに笑っていた。
「やればできるものじゃな」
「ベルン殿のおかげだ。ありがとう」
「いや——お前さんの発想がなければ、思いつかなかった」
誠一は頷いた。
問題は——解決された。いや、解決の糸口が見つかった。
「この工法を——標準化する」
誠一は言った。
「魔力の濃い区間では、合同圧密を行う。マニュアルを作って、誰でもできるようにする」
「マニュアル?」
「手順書だ。やり方を文書にして、共有する」
リーナが目を輝かせた。
「それは——素晴らしい考えです。技術を継承するためにも」
「ああ。俺がいなくなっても、道路は作り続けられなければならない」
その言葉に、チームの全員が頷いた。
第二工区は、半年後に完成した。
六十キロ地点まで——王都から二日で到達できる距離だ。
舗装道路の効果は、もはや疑いようがなかった。商人たちは競って舗装区間を通過し、輸送コストの削減を実感していた。馬車の損傷は激減し、馬の疲労も軽くなった。
「黒田誠一殿」
アルヴィンが、満面の笑みで誠一を迎えた。
「素晴らしい成果だ。父上——国王陛下も、関心を示されている」
「国王陛下が?」
「ああ。『その道路技術者に会いたい』と仰った」
誠一は眉を上げた。
「いよいよ——動き出すか」
「動き出す。私は——父上に、道路整備の国家事業化を進言するつもりだ」
「国家事業……」
誠一の目に、光が宿った。
それが実現すれば——状況は一変する。王家の予算と権限が投入され、道路整備のスピードは飛躍的に加速する。
「しかし——」
アルヴィンの表情が曇った。
「兄上——第一王子が反対するだろう。道路よりも軍事に予算を使うべきだと」
「そうだろうな」
「政治的な駆け引きが必要になる。私には——まだ力が足りない」
誠一は考え込んだ。
政治は——自分の専門外だ。しかし、放っておくわけにはいかない。
「俺にできることはあるか」
「ある」
アルヴィンは即答した。
「結果を出し続けてくれ。道路の価値を、誰もが認めざるを得ないほどに——示してくれ」
「……了解だ」
誠一は頷いた。
「やってみせる」




