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 二人が帰宅すると、きっちり閉めた筈の事務所のドアが半開きになり、中の灯りが外に漏れていた。


 外出時にはいつも部屋の灯りを消しており、今日も例に漏れず令司が消灯を確認していた筈である。これは誰かが中にいるという事で間違いない。


 緊張感が走る中、恵一が小声で口を開いた。


「おい令司、先に行って確認して来い。十分気を付けろよ」


 恵一は顎で令司に合図を送った。


「え?何で俺が…」


 勿論、令司は腕っぷしには自信が無い。それに、荒っぽい事は大嫌いである。


 しかし、例えこれ以上反論しても、恵一は梃子でもこの場から動かない構えの様だ。令司は恵一の鋭い眼差しに押されたのか、「はぁ…」と一回溜息を吐くと、仕方なさそうに事務所のドアに手を掛ける。


(いや、強盗かもしれない…)


 そう思った令司は、一端ドアノブから手を離すと、一気にドアを蹴り上げた。


――ドォンッ!――


「動くな!」


 勢い良くドアが開く音と共に、何故か携帯していたペンを銃の様に両手に構えた令司の、威嚇する声が事務所内に響き渡る。


 中にいたのは依頼人と思しき若い女性だった。いきなりの令司の行動に、女性は両手を口元に当て怯え切っている。


「依頼人の方ですか?」


「はい…」


 恵一は固まっている二人の間に素早く割り込むと、優しく微笑みながら声を掛けた。その態度の豹変っぷりに、令司はまだ固まったままである。


「すいませんねぇ、いつも言い聞かせているんですが…。おい、令司!そんな所にボヘ~っとツッ立ってないで、早く茶でも持って来い!」


 令司は恵一の言葉に反応すると、いそいそとキッチンの方にシケこんでいく。


「くそ~!散々煽ったのは叔父さんじゃんかよ…」


 見事に恥を掻かされた令司は、ブツブツと文句を垂れながら、渋々ヤカンに火をくべた。


 リビングでは恵一と依頼人の女性が、真剣な顔で何やら話し込んでいる。


 女性は目に涙を溜めており、時折ハンカチでそれを拭う様は、如何見ても只事とは思えない。


「主人が二ヵ月前から帰らないんです…」


「警察には連絡しましたか?」


「はい。でも、もう死んでいるかもしれないって…。ついこの前、主人の物らしき靴が発見されました。でも!まだ死体が発見されていない限りは、信じていたいんです!」


 行方不明者の捜索は時間が経つ度に、割く人員が減っていく。よって、時間の経った行方不明者は発見されにくいのだ。


 今回の様に証拠物件が見つかった場合、死んでいるものと見なされ、後回しにされる事も少なくない。事実、屋外で靴を脱ぐ可能性は極めて低く、他殺か自殺の線がかなり強いだろう。


 如何やら今回のケースは、自殺として扱われている様だ。


(まいったな…)


 恵一は顔を顰めると、心の中でそう呟いた。


 この手の事件は警察との遣り取りもあり面倒臭いので、出来るならお断わりしたいのが本心である。それに、依頼人には悪いが、悲しい結末になる事が殆どであり、解決したとしても非常に後味が悪い。


 だが、目の前で女性が泣いているのに頼みを無視する事は、男性としてやってはいけない行為の一つだろう。


 しかも、この奥さん、中々の美人である。正常な男ならば何とかしてやりたい気持ちになるのも当然と言えよう。


 相反する二つの気持ちの葛藤により、完全に板挟みになってしまった恵一。そんな時、令司が淹れたてのお茶を持ってリビングに現れた。


「お待ちどう様です…。うわ⁉︎」


 泣きじゃくっている依頼人を見て、思わず驚き慌てふためく令司。持っていたお盆をテーブルに置くと、すぐさま恵一に問い質した。


「何やってんすか!アンタは!何も泣かせる事ないでしょうに!」


「ばっ、お前!これはだなぁ…」


 先程の会話を聞いていなかった令司は、状況という物を全く理解していなかった。令司の目からは、完全に叔父が依頼人を泣かせたとしか思えない。


 頑固な恵一は過去にも何回か依頼人を泣かせた事があり、令司がそう思い込むのも無理はないだろう。


 恵一は必死に否定するものの、令司は全く話を聞こうとしない。


「すいませんねぇ。昔っからこうなんですよ。いつも言い聞かせているんですが…」


 先程のお返しとばかりに、令司は暴れる恵一を言葉で抑えつける。その様子をキョトンとした顔で見つめる依頼人。話が全く噛み合っていない為、何が起こっているのかよく分からない様だ。


 今までの悲しい雰囲気とは違う、妙なコント地味た雰囲気が辺り一面を支配している。


「それで…、引き受けて貰えるんでしょうか?」


「ハイハイ、やります、やります♪何せ経営が火の車でしてね?」


 令司は二つ返事で依頼を引き受けた。調子の良さには定評がある。


 確かに依頼をいちいち断っている状況ではないし、女性の頼みとくれば『例え火の中水の中』が、令司の信条であった。


「テメェ!勝手に決めてんじゃねぇ!」


「引き受けて貰えないんですか?」


 恵一は令司の頭を握り拳で小突くと、慌てて依頼承諾を否定する。


 それを確認した途端、再び泣き崩れる依頼人。


「あー、叔父さん、忘れたんですか?この前、依頼を断って泣かせた人の事」


 前回、恵一が泣かせてしまった依頼人は、腹いせの為にネット上で朱月探偵事務所の悪口を触れ回ったのだった。


 大企業ならいざ知らず、有名でない上に元より客は少なかった朱月探偵事務所にとって大した被害は無かった。だが、令司にとっては他人に後ろ指を指されて生きるのは、もう懲り懲りである。


 それを知っているかは分からないが、もし承知の上で依頼を申し込んで来たとするならば、余程切羽詰まった状況なのであろう。恐らく、藁にも縋りたい気持ちに違いない。


「う…」


 前回の一件を思い出し、思わず恵一は青褪めた。恵一とて令司と同じで、もうあんな体験は御免である。


「それじゃ、決まりね!」


「ありがとうございます」


 黙りこくる恵一を見るや否や、令司はポンと手を叩いて笑顔を見せた。


 令司の言葉に喜びを隠せない依頼人は、何度も頭を下げながらお礼を言っている。


「いいぜ?だが、お前が引き受けたからには自分で解決しろよ!」


そう言うと、恵一はすっくと立ち上がり、自分の部屋へと戻っていってしまった。


「へ?」


 予想外の展開に、口を開けたままポカンとする令司。そんな事を急に言われても、如何したら良いのか全く分からない。


 依頼人と二人で置き去りにされ途方に暮れる他ない。


「あの…、大丈夫でしょうか?」


 令司の態度に違和感を覚えた依頼人は、思わず不安を口にした。戸惑う令司の表情は頼りない事この上ない。


「きょ、今日の所はもう遅いですし、また後日、いえ、明日にでも依頼内容を詳しくお聴きしますよ。あ、危ないから、自宅までお送りしますね?」


「はぁ…」


 令司は妙に上擦った声で依頼人を安心させようとする。しかし、動揺している事は、誰の目から見ても丸分かりだ。


 実際、依頼人も若い令司に気を遣う様に不安を押さえている。


 これ以上、此処にいても事態は悪くなるばかりだろう。そう判断した令司は、早速、依頼人と家路を共にする事にした。


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