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「何で俺達はこんなに貧乏なんですかね?」
好物のタラコが塗してあるパスタをズルズルと啜りながら、令司が思わず本音を漏らした。
確かに朱月探偵事務所の経営は火の車である。探偵業はもっと儲かると思っていた令司にとっては、如何してもこのギャップは戴けない。実際、他の大手事務所は給料も良く、依頼も安定して入ってきている様である。
「そりゃお前ぇ、ギャルがいないからに決まってんだろーが」
「は?何で其処に行き着くかな…。元よりそんな人雇う余裕、うちには無いじゃないすか」
予想だにしない恵一の答えに、思わず顔が引き吊る令司。
「八年間も大学行っといて何の勉強して来たんだ?看板娘がいれば、依頼倍増の上、俺のやる気もアップで、全部解決じゃねーか」
軽く退き気味の令司はお構いなしに、独特な持論を得意気に述べる恵一。
しかし、現実はそんなに上手くはいかないものである。最近、恵一の意向で「経理募集(女性限定)」の貼紙を貼ったものの、一向に応募者がやって来る気配は無い。
「セクハラとかして、通報されるのがオチじゃないっすか?勘弁してくださいよ?元警官が逮捕だなんて、洒落にもならない」
令司の言う通り、恵一は元刑事であった。警察内部は意外にも賄賂や裏金が横行する汚い社会だった為、それが嫌になった恵一は、捜査技術等が活かせる探偵業を生業とする事に決めたのである。
「兄貴が弟に判決を言い渡したりしてな?」
「…」
大きく口を開けて、高らかに笑う恵一。それを半ば呆れた顔をして、無言で見つめる令司。
恵一の兄、つまり、令司の父親は裁判官である。地位が上な為、セクハラくらいの小さな裁判では判決を言い渡したりしないだろうが、令司にとっては悪い冗談だ。
「そう言えば…、如何して叔父さんはもっと大きな事件を解決しようとしないんです?」
今までに何回か、警察の方から殺人事件等の大規模な捜査の依頼が舞い込んできた事がある。しかし、その度に恵一は断りを入れ、頑なに依頼を受けようとしなかった。
大規模な依頼は依頼金の金額も大きく、依頼主も警察なので踏み倒される心配もないだろう。普通に考えれば、またとないチャンスである。それを断るとは、令司には不思議でならなかったのだ。
「バーカ、でっかい事件なんて担当してみろ?大変過ぎて、達成感も何もあったモンじゃない。警察の仕事なんて解決した所で、誰も喜ばねーしな」
そう言ってニヤリと笑う恵一を見ていると、令司の感じていた探偵業の醍醐味があながち独り善がりでない事が見て取れる。それが嬉しくて、令司も口を大きく横に開くと、白い歯を剥き出しにしてニンマリと笑った。
それから二人は色々な事を話した。普段も二人は会話が無いという事ではないが、依頼を達成した事の喜びからかいつもより冗舌になっている。それは令司の恋愛話から恵一の現役時代の失敗談まで幅広く及んだ。
何かに熱中すると時間が経つのは早いもので、何時の間にか辺りは真っ暗になり、二人が店を出る頃には時計が八時を回っていた。