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依頼を終えた二人をカーライル家では暖かく迎えてくれた。
泣きじゃくっていたカーライル婦人の孫娘は、猫を両手に抱くと「ありがとう」と言いながら、満面の笑みを湛えている。
それを見るなり顔を綻ばせ「もう逃がしたりするんじゃねぇぞ」と、少女の頭を撫でながら注意を促す恵一。そんな叔父の姿を見るのが、令司は好きだった。
小さな依頼は派手さは無いが、問題を解決してあげると、必ず依頼人が喜んでくれる。この達成感こそが探偵の醍醐味であると、令司は勝手に解釈している。
元より、自分が大した人間ではない事くらい、令司は遠の昔に理解しているつもりだ。
令司にとっては小さな積み重ねこそが喜びであり、それがお似合いなのである。何も、大きな仕事を成し遂げる事が幸せとは限らない。
ふと令司が横を見やると、何時の間にか恵一が馬の様に四つん這いになっていた。背中には少女が猫を抱きながら乗っている。
如何やら「キャア、キャア」と余りに少女が喜ぶものだから、内心止めたくても止められない状態の様だ。恵一の顔がそう物語っている。
「叔父さん。例の浮気調査の件、依頼主に報告しに行きましょうよ」
いつもは偉そうな叔父の、情けない容姿に苦笑しながら、令司は助け船を出した。
すると、恵一は「待ってました」と言わんばかりに少女を自分の横に降ろし、立ち上がりながら乱れたジャケットを羽織り直している。
「おう!じゃあ、お嬢ちゃん。また今度な?」
恵一は笑顔で少女の頭を撫でた。少女は名残惜しそうにジャケットの裾を引っ張っている。
しかし、『貧乏暇無し』とはよく言ったもので、働かなくては生きていけないのが、悲しいかな朱月探偵事務所の運命である。何時までも、こうしてのんびりしている訳にもいかない。
二人はカーライル家に別れを告げると、泣きながら別れを惜しむ少女に見送られ、清々しい気持ちで家路に着いた。