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第9話

 武蔵が侍となって数年後、彼は一度だけかつての故郷へと戻った。

 そこで待っていたのは、妖怪となった家族の亡骸などでは無かった。

 家族の遺体は、既に蛆が食い尽くし風雨にさらされて白骨化していたのだ。

「……変な事を訊いて申し訳ない」

「いや、気にしなくて良い。もう五年くらい前の事だから」

 武蔵が変わり果てた家族を見た時に最初に思ったのは『良かった』だった。

 妖怪化した家族を斬る羽目になっていたら、どうしようかと思っていたのだ。

 だからすっかり骨と化した家族を見て彼は、悲しむより先に安堵したのだ。

「拙者の父は病にて逝去された。母も兄上も」

「薫にはお兄さんが居たのか?」

 まるで詫びるかのように薫は、自分の家族の話を武蔵に聞かせた。

 武蔵は薫にお兄さんが居たなんて、少し意外だと思った。

「はい。しかし、兄上は七つを前に熱病でこの世を去りました」

「だから薫が佐々木一刀流の後継者に?」

 通常、剣術の跡取りとなるのは長男だと決まっている。

 それを長兄では無い薫が継いだのであれば、やはりそれなりに理由がある。

「はい。拙者はその時、五つでした」

「……じゃあ、お父上と母上の期待を背負ってるのか」

 薫がなぜ他の侍たちと違うのか、武蔵には分かった気がした。

 薫は佐々木一刀流の後継者として、立派な侍にならなくてはいけないのだ。

 自分たちみたいな『似非侍』には分からない重圧がのし掛かっているのだろう。

「いえ、母上は拙者を生んで間もなく亡くなったと……」

「……あ……悪いことを訊いたな。済まん!」

 母親が自分を産んですぐに他界したなんて、自分のせいだと思いかねない。

 自分が生まれなければ、母親は生きていたかもと薫は責めているかも知れない。

「お気になさらないで下さい。もう十六年も前の事で御座る」

「それでもやっぱり、気持ちの良いものじゃ無いだろ?」

 武蔵の家族が死んだのは、妖怪のせいだ。

 しかし薫の母親が死んだ事には、薫自身が少なからず関わっている。

 十六年前の出来事でも、やっぱり気にするのではと武蔵は思った。

「武蔵殿、米がそろそろ煮えたのでは?」

「え?あ、そうだったな!」

 武蔵と薫は、おじやのような猫まんまのような夕飯を摂った。

 互いに何を言えば良いかも分からず、気まずい沈黙を守ったまま箸を動かした。


「……」

 食事を終えてしまえば、後は寝るしかやることが無い。

 明日も朝早くから、尾根を目指して歩かなくてはいけないのだ。

「これで火の始末は大丈夫だな」

「武蔵殿はどこで眠られるので御座るか?」

 火の始末をしておかないと、うっかり火が荷や服に燃え移りかねない。

 穴の中は十分暖まったので、念のために消したのだ。

「そうだな。やっぱり、奥が暖かそうだな」

「承知した」

 そう言うと、薫はなぜか出口の近くに移動を始めた。

 そしてそこに刀を置くと、その脇に横たわってしまった。

「なぁ、薫?」

「いかがなさった?武蔵殿」

 武蔵は、自分と不自然に距離を取って眠ろうとしている薫を見た。

 今日会ったばかりでほとんどお互いのことを知らないが、妙に距離を感じた。

「そんなに離れてたら寒くないか?」

「心配ご無用。ここでも十分暖こう御座る」

 薫はそう言っているが、やはり出入り口の近くの方が寒いだろう。

 武蔵は薫が急に距離をとったことに、拭いきれない違和感を覚えた。

 さっきまで、人の素性をあれこれと詮索したくせに手のひらを返したかのようだ。

「(寝てる隙に俺が何か盗むと思ってんのかな?)」

 武蔵はその考えが浮かんだ途端、急に寂しいような気持ちになった。

 薫と自分が信頼し合うには、あまりにも時間が足りなさすぎる。

 それは分かっているのだが、露骨に距離をとられるとやっぱり傷つくものだ。

「(……まあ、あんまり信用されすぎてもそれはそれで心配なんだけどな)」

 侍という食うか食われるかの世界で生きるには、相手を信用しすぎてはいけない。

 どんなに集まろうと、それは一匹狼の集団に過ぎないのだ。

 武蔵は、諦めたように穴の奥で横になった。

「……スゥ……スゥ……」

 寝息が聞こえるので武蔵がそっちを見ると、薫がスヤスヤと眠っている。

 あどけないその寝顔は、まるで安心しきっているかのようだった。

「……寝よ」

 武蔵はあれこれと考えるのをやめて、自分も眠ることにした。

 まぶたを閉じ、ゆっくりと夢の世界へと落ちていった。


「お~い!五郎や~い!そろそろ飯にしようや~~!!」

「お~!三郎兄さん!!」

 薫に過去を尋ねられたせいか、武蔵は昔の夢を見ていた。

 この頃の武蔵は五郎と呼ばれており、田畑を耕して暮らしていた。

 五郎は八人兄弟の七番目で、十も年が離れた三郎兄さんが親同然に面倒を見ていた。

「五郎や、今日は芋を蒸かしたでよ!!皆には内緒だぞ?」

「うわぁ!この芋、まだ熱いや!!」

 五郎は三郎兄さんから芋を受け取ると、ハフハフ言いながらかぶりついた。

 蒸かした芋は、あまり甘くはなかったが五郎にとってはご馳走だった。

「旨いか!?」

「ああ、うまいよ!!あんがとな、三郎兄さん!」

 武蔵の生まれ故郷は小さな農村で、家族総出で畑仕事をするのが日課だった。

 痩せた土地での農作業は楽では無かったが、それを辛いとは感じなかった。

「五郎や。今年は天気も良かったから、いつもより稲の育ちが良いぞ?」

「本当か!?おら、一度で良いから米のおまんまを食ってみたかったんだ!!」

 貧しい農民の子の武蔵にとって、白米のご飯は憧れの対象だった。

 武蔵が口にするのは、いつもヒエやアワや芋ばかりだった。

「一度なんてケチな事言うな!毎日食べたいくらい言え!!」

「毎日!?毎日米が食べられるのか!!?」

 開拓民の武蔵たちは、この土地に住んでからずっと苦難の連続だった。

 しかし、ようやく土地の改良や土地との付き合い方が分かってきた。

「このまま行けば、再来年辺りから……」

「どうしたんだい?三郎兄さん?」

 武蔵は三郎兄さんが急に険しい顔になったので、不安になった。

 何か良くない事でも起きたのだろうか?

「てぇへんだ!妖怪が出たぞ!?」

「妖怪!?」

 三郎兄さんが指さす先には、ヨロヨロと歩く七人くらいの集団が居た。

 集団は、まるで引き寄せられるように武蔵たちの家の方へと歩いていた。

「てぇへんだ!家にはおっかさんや梅たちが居る!!」

「五郎はおとっつおんたちに知らせろ!」

 そう言い残すと、三郎は草刈り鎌を手に家へと走り出した。

 武蔵が三郎兄さんの声を聞いたのは、それが最後だった。

 幼い武蔵は、必死に父親は他の兄たちの下へと走った。


「おっとう!次郎兄ちゃん!!妖怪が出た!!!」

「なに、妖怪!?本当か!!?」

 父と次郎は、村から少し離れた山の入り口で見つかった。

 武蔵は父親と兄に、息を切らせながら窮状を報告した。

 妖怪は、生きてる人間を手当たり次第に殺しては仲間にする。

 しかも七体も妖怪が出ては、女や子供では太刀打ちできない。

「本当だよ!今、三郎兄ちゃんがおっかあたちのところへ行ってる!!」

「よし!お前はここに居ろ!!家の事は儂らで何とかする!!」

 幼い武蔵を一人おいて、武蔵の父親や兄は襲われそうになっている家へ走った。

 まだ、十歳の武蔵では動く死体の相手なんて務まらないと判断されたのだ。

「嫌だ!おらも戦うよ!!」

「馬鹿言うでねぇ!妖怪は首さ切らねえと死ねえんだ!!」

 妖怪を確実に葬る一番確実な方法は、首をはねる事だ。

 腰から下を切り落としても動ける妖怪は、野犬なんかとは訳が違う。

「ええな!?お前は絶対にこっちさ来るな!!」

「心配せんでも、後でちゃんと迎えに行くけぇ」

 次郎と父は武蔵にそう言い残すと、走って行ってしまった。

 結局、二人が武蔵を向かいに来ることは永遠に無かった。

「……大丈夫。きっとおっとうたちが妖怪なんかやっつけてくれる」

 武蔵は膝を抱えると、自分に言い聞かせた。

 そして気持ちを紛らわす為に、三郎からもらった芋をかじりだした。

 だが、芋をすっかり食べてしまっても太陽が西に傾いても誰も来なかった。

「……おっとう?三郎兄ちゃん?」

 武蔵は寂しさのあまり、来るなと言われてたにも関わらず家に戻ろうとした。

 この時代、道に外灯なんてあるわけも無くほぼ真っ暗だった。

「……」

「あっ!声がする!!」

 武蔵はかすかに聞こえた声らしき音に、安堵の息を漏らした。

 だが、その安心は最悪の形で裏切られることとなる。

「……うぅ~~……」

「ひっ!?よ、妖怪!!?」

 武蔵を迎えに来てくれたのは、家族でもまして村の仲間でも無かった。

 彼の前に現れたのは、五郎を仲間にしようとする腐った死体だった。

「……あぁ~~……」

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