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第7話

 木々の間を縫うように歩き続けると、奥の方から声が聞こえてくる。

「あと少しだ!」

 武蔵は人の声が聞こえたから、少しだけ安心した。

 生きている人が居るなら、幸い自分は手遅れにならなかったようだ。

 だが、同時にこれからが本番だと気を引き締めた。

「やあッ!せいッ!!」

「(まだ、声変わりもしてないみたいだな)」

 武蔵は妖怪と戦う侍の声を聞いて、そう思わずに居られなかった。

 侍の声は、まるで女のように高くその侍がかなり若い事を物語っていた。

「(そこの木の向こう側に居る!?)」

 武蔵の進行方向には、一本の立派な樫の木が立っていた。

 そして、侍の声はその樫の木の後ろから聞こえてきている。

 武蔵は妖怪に気づかれないように、樫の木から様子をうかがった。

「(……やっぱり侍だった)」

 武蔵が見たのは、一人の侍が七体程の妖怪に囲まれそうになっている光景だった。

 侍は流れるような黒髪を、後頭部で一本結びにしている。

 端正な顔は見ていた武蔵が思わず見とれる程に美しく、女のように見えた。

 その侍が、身体の割にやや長い刀を振るい妖怪と対峙している。

 地面には、既に両断された死体が四体くらい横たわっている。

「(でも、このままじゃまずいな)」

 武蔵の目にも、侍が疲れていることが見て分かった。

 肩で息をし、美しい太刀筋にも陰りが見え始めていた。

 このまま戦えば、いずれ自分自身が妖怪の仲間入りをしてしまうだろう。

「(よし!見てるのもほどほどにして行くか!!)」

 武蔵は樫の木の陰から、姿を現すと侍に向かって呼びかけた。

「そこの御仁、助太刀するぞ!!」

「え?」

 侍は突如現れた武蔵に、一瞬だが注意を奪われた。

 だがその一瞬、注意が途切れたのが非常にまずかった。

 武蔵は姿を現すタイミングが悪すぎたのだ。

 妖怪の一体が、侍に向かって飛びかかって来た。

「しま……ッ!?」

 疲労困憊の侍には、この奇襲に対処する体力が残っていなかった。

 そのまま、野犬の骸が侍の喉に噛み付こうとしていた。


「(間に合えよッ!)」

 武蔵は咄嗟に、自らの脇差しを野犬の妖怪に投げつけた。

 妖怪といえども所詮、腐乱した死体だ。強度なんて大して無い。

 脇差しは見事に野犬の首を貫通し、胴体からとれた頭があらぬ方向へと飛んだ。

「なっ!?脇差しを投げるなんて!!?」

 助けられた侍は、武蔵の行動にやけに驚いた様子だ。

 脇差しを投げ、更に正確に命中させるなんて芸当は知らなかったのだろう。

「大丈夫か!?」

「は、はい!拙者は問題ござらん」

「(拙者?ござる?随分古風なしゃべり方だな?)」

 武蔵は、助けた侍の言葉遣いがあまりにも古めかしいので驚いた。

 今時、こんな話し方をする侍なんて絶滅危惧種にも近かった。

 どこかの由緒ある剣客の、跡取り息子と言ったところだろうか?

「背中は俺に任せろ!あんたは前に集中するんだ!!」

「承仕った!!」

 侍と武蔵は、即興の協力体制を作って妖怪を駆逐し始めた。

 侍は疲れてはいたが、太刀筋がしっかりしておりまだ戦える様子だ。

 武蔵はそんな侍を見て、思わずに居られなかった。

「(やっぱり一流の侍は俺みたいな、なんちゃって侍とは違うんだな)」

 武蔵は望んで侍になったわけでは無い。

 だが、それでも『似非侍』と呼ばれる事にモヤモヤしたものを感じていた。

 しかし、目の前の自分より年下の剣豪を見ていると納得するしか無かった。

「(俺みたいな半端者じゃ到底到達できないんだろうなぁ……)」

 武蔵は悔しいような、悲しいような気持ちで刀の柄を握った。

 こんな仕事を誇りに思った事なんて、一度も無いが惨めな気分だった。

「(でも、この仕事が終わったらこんな想いもしなくて良いんだ!)」

 武蔵は気持ちを切り替えて、妖怪共を一太刀の下に斬り捨てて回った。

 誰かに教わったわけでは無い我流の剣は、武蔵が八年間で編み出した剣術だ。

 筋肉があまり多くない、軽い身体を生かした武蔵だけのオリジナル技だ。

「……凄い」

 そんな武蔵の邪道とも言える剣術を、剣豪は目を輝かせてみていた。

 侍には、武蔵の操る剣が斬新にしてオリジナリティあふれる物に見えた。

 あんな自由な剣は、師である父親に教わらなかったのだ。

「ぼさっとするな!来るぞっ!?」


「は、はいっ!」

 武蔵に叱られて侍は目の前の妖怪に集中した。今、一体倒したから残るは六体だ。

 武蔵と侍が分担すれば、そんなに難しい数では無い。

「佐々木一刀流『鶴翼』!」

「……すげえ」

 武蔵は、侍が繰り出した下から上に切り上げる技に感心せざるを得なかった。

 鶴が翼を広げた様子を思わせる優雅な技が、妖怪を二体同時に葬った。

「……見とれてないで、もやるとしますか」

 武蔵は刀の柄に右手を乗せると、左足を大きく引いてから大きく呼吸した。

 肩から無駄な力を抜き、左手で刀の鞘をしっかりと握った。

「……フッ!!」

 武蔵は右手で抜刀すると、自分から一番近い妖怪の首を切断した。

 そして、その勢いを殺さないように大きく引いていた左足を踏み出した。

 と同時に、今度は左手で持っていた鞘を腰から引き抜いた。

 そのまま鞘でもう別の妖怪の首を殴ると、嫌な音と共に首が折れた。

「鞘で戦う。そんな技もあるのか……」

 侍は鞘で戦うなんて技を、生まれて始めてみた。

 鞘とは、刀を保護するためのケースくらいに考えていたからだ。

「……この方と一緒に居れば、あるいは……」

 侍は自分の目的のために、武蔵が役に立つかも知れないと思った。

 道場剣術しか知らない侍にとって、武蔵は学ぶべき事が多そうに見えたのだ。

「せやぁぁぁあああっ!!」

「フンッ!」

 侍と武蔵は、残った二体の妖怪とあっけなく両断してしまった。

 上位の妖怪でもない限り、作戦もテクニックも持たない。

 数で押し切られなければ、侍が妖怪に殺されるなんて滅多に無い。

「……あんた、大丈夫か?」

 武蔵は刀を鞘と一緒に腰に差しながら、助けた侍に尋ねた。

 見たところ、大きな怪我は無いようだがこのまま進ませるのは危険だろう。

「お心遣いかたじけない。しかし、拙者はこの通り無事にござる」

 助けられた侍は、とても丁寧な口調で武蔵に対応してくれた。

 どこか品の良さのような物を感じさせる物腰は、侍の育ちの良さを思わせた。

「どこへ行こうとしてたんだ?こんな山の中を」

 武蔵は侍の目的に目星がついていたが、あえて知らないふりをして訊いた。


 ここで「あんたも風雲城に行くのか?」なんて言ったら、どうなるだろうか?

 相手に対して、自分が商売敵だと教えているようなものだ。

 侍の世界は、熾烈な依頼の奪い合いだ。依頼を達成した者が勝ちなのだ。

「拙者はこの山の向こうにある『風雲城』へ妖怪を征伐しに行くところで御座る」

「……ふううんじょう?」

 武蔵はあえて風雲城なんて名前、初めて聞いたという体で接した。

 要するに、自分は全然関係ないとしらを切ったのだ。

「貴殿は何も御存知ないで御座るか?」

「俺は全国を旅してる侍だからなぁ……この当たりのことは……」

 武蔵は自分と目の前の侍が商売敵だと知って、警戒心を強めていた。

 侍は個人プレーが基本で、徒党を組む事なんて滅多に無い。

 最悪の場合、報酬を独り占めするために足の引っ張り合いまで始める。

「実はこの先に北野源吾郎という妖怪が住まう風雲城という城が……」

「(え!?俺にそれを説明するの!?何のために!!?)」

 武蔵は、侍が自分の依頼について説明しだしたので面食らった。

 依頼の内容なんて人に簡単に話して良いものでは無い。企業秘密だ。

 それなのに、この侍はその重大な秘密を武蔵にペラペラ話している。

「ちょ、ちょっと待った!!」

「いかがなさった?」

 武蔵は侍の非常識極まりない言動に、思わずストップをかけた。

 別に武蔵には何の損害も無いが、止めずに居られなかった。

「いかがなさったじゃない!そんな話は同業者にしちゃダメだ!!」

「なぜで御座るか?」

 侍はキョトンとした顔で武蔵を見ている。

 自分の何がまずかったのか、全く分かっていないという顔だ。

「あのな、侍は依頼を達成した奴が金を受け取る事になってるんだ」

「はい、存じてるで御座るが?」

 侍は武蔵に何を言われているのか、ちゃんと分かっていない様子だ。

 放っておけば良いのに、武蔵は説明せずに居られなかった。

「いや、分かってないよ!!依頼を達成したら金がもらえるなら誰でももらえるんだ」

「誰でももらえる?手続きが必要なのでは?」

 侍が依頼を受けるとき、手続きをするのがマナーとされている。

 しかし、実際は手続きを済ませていない侍に報酬が支払われる事も珍しくない。

 依頼主にとって、誰が達成したかなんて関係ないのだ。

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