第5話
「……と言う訳なのだ」
「あの~、いくつかお尋ねしたいことが……」
大体の話は分かったが、武蔵には確認したいことがいくつかあった。
とても重要な事も訊きたかったが、依頼とは直接関係ない事も訊きたかった。
「何だ?」
「呪いをかけられた蓮姫様の容態は、どうなっているのですか?」
依頼の内容は蓮姫にかけられた呪いを解くために北野源吾郎を討てというものだ。
では、その呪いをかけられた蓮姫自身はどうしているのだろうか?
「ああ、その事か。誰か、蓮を連れて参れ」
「え?連れて来る?」
武蔵は、病床に伏せっている蓮姫を想像していたから驚いた。
具合の悪い蓮姫を、わざわざ連れてきたりして大丈夫なのだろうか?
そんな風に考えること数分、襖を開けて一匹の柴犬が連れてこられた。
「(え?何この犬は?まさか……)」
「これが今の蓮だ」
「……おいたわしや」
口ではそう言ったが正直、武蔵は拍子抜けしていた。
毛並みの良い柴犬は、座布団の上で行儀良く座っている。
とても深刻な事態とは思えなかったからだ。
「蓮はこの姿になって、もう半年になる」
「……」
座布団に座った蓮姫は、父親に撫でられて機嫌良さそうだ。
一方、呪いをかけられた本人とは裏腹に四成は暗い表情をしている。
「(何だろう?この光景は?)」
武蔵はそう思わずに居られなかった。
だが依頼主が深刻に考えている以上、武蔵もそれに同調すべきだろう。
「……半年間も……心中お察しいたします」
「一刻も早く、あの憎き妖怪を討って欲しいのだ!!」
「……クアァ~~」
蓮姫は大きなあくびをして、座布団の上で丸くなってしまった。
深刻な話なのに、柴犬がいるせいで緊張感の欠ける場となってしまった。
武蔵は、興味本位で蓮姫の容態を尋ねたことを後悔した。
「必ずやこの武蔵が蓮姫様を人間に戻して見せます!!」
「頼んだぞ!!」
武蔵は自信満々に胸を張って四成の依頼を引き受けた。
今の自分には、出雲のありがたいお守りの龍神の涙がある。
それに、上位妖怪とは何度か戦ったこともある。
「……あの~~」
「ん?どうかしたか?武蔵よ」
自信満々に引き受けたは良いが、武蔵にはどうしても教えて欲しいことがある。
これがハッキリしないことには、武蔵は安心して仕事に取りかかれない。
「蓮姫様をお救いした暁には……」
「ああ、そうだったな。おい!箱を持って参れ!!」
武蔵としては、あまり露骨な表現は使いたくなかった。
だが幸い、四成は武蔵野言わんとする事を察してくれた。
武蔵は依頼主である四成と報酬、つまりお金の話をしたかったのだ。
「姫君が危ないのにこんな話を……申し訳ない」
「いや、気にするな。もっと露骨に言う侍もおる」
この世界の侍は、武家出身の者だけではない。
将軍が妖怪対策のために奨励金を出した結果、猫も杓子も侍を名乗るようになった。
その中にはもちろん、礼儀作法のなっていない荒くれ者が大勢居た。
「(……すげぇ)」
四成が指示すると、やがて重くて頑丈そうな木の箱が一つ持ち込まれた。
武蔵はあんな箱は初めて見るが、あれが噂に聞く千両箱だろうと思った。
「蓮の呪いを解いた報酬、千両だ」
「……はぁ~」
武蔵は四成に頭を下げる事も忘れて、思わずため息をついてしまった。
千両だなんて金額、一生かかっても稼げるかどうか分からない。
それが源吾郎を討ち、姫の呪いを解けば全て自分の物になるのだ。
「どうだ?少しはやる気が出たか?」
「……はっ!申し訳ありません!!あまりの額につい……」
「よいよい。蓮を人に戻せるならこれくらいの額、むしろ安いくらいだ」
現金な話だが、箱に敷き詰められた小判を見て武蔵は俄然やる気になった。
武蔵のやる気がグーンッと上がった
源吾郎の討伐が目標に加えられました。
「……来た……ついに俺の時代がやって来た……!!」
武蔵は興奮のあまり、城門の前でガッツポーズをしていた。
あれだけの小判が手に入れば、彼の目的は達成される。
そうなれば、こんなヤクザな商売から抜け出すことが出来るのだ。
「村を妖怪に滅ぼされて仕方なくこの道の進んだが、ついに苦労が報われる」
実は武蔵は、好きで妖怪退治なんてしているのでは無い。
彼は妖怪に故郷を滅ぼされ、仕方なく侍になった身なのだ。
「これで俺の人生をやり直せる!!」
武蔵が侍として働くのは、金を集めるためだがその使い道はささやかな物だった。
彼は、安住の地を手に入れるためにまとまったお金を求めているのだ。
「……あの~、喜んでるところ悪いんだけど……」
「!?」
バラ色の人生を思い描いていた武蔵は突然、後ろから声をかけられた。
振り向くと、門番たちが迷惑そうな顔で武蔵を見つめている。
「そこに立たれると、ちょっと……」
「あっ!すみません!!」
武蔵は大量の小判を見たせいで、城門の前で喜びをかみしめていた。
しかしそんな場所で侍がたむろしていると、正直迷惑だ。
「ちなみに妖怪はここから東北の『風雲城』に居座ってるよ」
「……風雲城?」
武蔵は門番から聞いた、耳慣れぬ単語が気になった。
風雲城なんて言う名前から察すると、妖怪は城に住んでるのだろうか?
しかし、妖怪が城に住んでるなんて聞いたことが無い。
「……やっぱり聞かされてないのか。妖怪は古城を拠点にしてるんだ」
「えっ!?一人で城を攻めろって事!!?」
武蔵の想像では、源吾郎と言う妖怪は洞窟にでも住んでるんだろうと思っていた。
それか、せいぜい荒れ寺にでも居座っているのだろうくらいに考えていた。
「一人じゃ無いぞ?この半年間で、何十人もの侍が風雲城に派遣された」
「……そいつらはどうなったのさ?」
武蔵は、自分がたまたま運良くこの依頼にありつけたのだと思っていた。
しかし、本当はこの依頼は一年中募集している依頼だったのだ。
「誰一人、帰ってこなかったし姫の呪いは解けないままだ」
「聞いて無いよ!!」
つまり四成は、自分たち侍を片っ端から風雲城に送りつけていたのだ。
そして、派遣された侍たちは全員失敗したのだ。
「武運を祈ってるぞ?」
「……だまされた」
武蔵は、なぜ四成が軍を率いて妖怪退治しないのかを考えかったのだ。
四成がこの件に困り果てているのは、彼の表情を見れば明らかだった。
だが、にもかかわらず四成は自らの家来たちには妖怪退治を命令しない。
それは北野源吾郎が、頑強な城を保有しているからだったのだ。
「畜生っ!妙に話がうまいと思ったんだっ!!」
国境の関所から出た武蔵は、悪態をつきながら東北へと歩いていた。
東北、つまり北野源吾郎が根城とする風雲城がある方角だ。
「一応、城だけ見て無理そうだったら逃げよう!」
武蔵は半年間、誰も成功していない依頼を投げ出してはいなかった。
一生かかっても稼げない大金が報酬なのだから、だまされたとまでは言わない。
だが、どうあがいても無理そうだったら逃げた方が賢明だろう。
「ここから東北へ行くには、三つ道があるらしいけど……」
武蔵は、太陽と月の位置関係から方角を確認しながら歩いた。
北野源吾郎の保有する『風雲城』へ行くには大きく分けて、三つルートが存在する。
一つ目は山森を迂回して、一度北へと向かってから東へと進むルートだ。
「北に行く道は、やめておいた方が良いだろうなぁ……」
武蔵は経験から、北へ行くルートを断念した。
北へ行く道は他の二つに比べて、遙かに歩きやすい道だ。
何のトラブルも無ければ、おそらく一番早く風雲城にたどり着ける道だ。
「ってほとんどの侍は考えるだろうなぁ」
しかし、武蔵にはその選択はあまりにも安易ように見えた。
通常の、何の知性も持たない妖怪があいてならそれで問題ないだろう。
しかし今回の敵は自分に名前を付け、攻められにくい場所まで確保している。
「絶対に何か罠があると考えた方が良いだろうな」
北野源吾郎に、どれほどの手勢がいるのかは分からない。
だが、他の妖怪とは段違いに頭が働く相手なのは確かだ。
「……と言うわけで、北の道は却下」
そうなると、残された選択肢は二つとなる。
武蔵は石田城を出る前に天守閣で自作した、簡素な地図を取り出した。
この世界の地図は、国防に関わる秘密を守るために貴重品とされている。
もちろん、現代のように人工衛星や飛行技術も無い世界だ。
地図が欲しかったら、高いところに自分で登って描くしか無いのだ。