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第3話

「おばあちゃん、どうしてあんなデタラメ言ったの?」

 武蔵の姿が消えたのを確認してから、占い師に話しかける一人の少女がいた。

 少女は占い師の孫娘で、名を桜と言った。

「……魔が差したと言うべきか、ちょっとした老婆心じゃよ」

「老婆心?あのお侍さん、本当に自分に運があると思い込んだと思うよ?」

 桜は先ほど武蔵が睨んでいた箱から、くじを全て引き抜いた。

 すると、全部のくじの先端には朱色が漏れなく着いていた。

 武蔵は自分の強運でくじを当てたのではなく、最初から外れなど無かったのだ。

「それで良いんじゃ。自分には力があるんだと思わせたかったんじゃ」

「何のために?それにあのお守り、確か三文くらいしかしなかったよね?」

 桜の言うお守りとは、武蔵が占い師から受け取った『龍神の涙』の事だ。

 あれは実は、出雲の土産屋で二束三文で売られている安物の土産だった。

 つまり、あのお守りには百両の価値も御利益も何もないのだ。

「桜はあのお侍さんをどう思った?」

「……どうって……なんだか頼りないお侍さんだなぁって……」

 桜の言うとおり、武蔵はお世辞にも頼りがいのある強そうな侍には見えない。

 自信なさげに猫背で人目を避けるように動く武蔵は、ハッキリ言って弱そうだ。

 あんな男が八年間も侍として活動したなんて、とても信じられない。

「しかし、あの男の顔や手には彼奴の実力が確かに刻まれておった」

「顔や手?」

 武蔵の顔や手には、幾重もの死線をくぐり抜けてきた証が刻まれていた。

 要するに武蔵は、実力に対して自己評価があまりにも低いのだ。

 それは彼が完璧主義で、己の小さなミスを重く受け止めすぎるからだった。

「あのお侍さんには、八年間で培った確かな実力がある。だが、本人が気づいてない」

「だから嘘をついてあのお侍さんに『自分は凄い』って思わせたかったんだね?」

 妖怪退治を生業とする侍は、常に死と隣り合わせだ。

 曲がりなりにもそれを八年間も続けてきた武蔵が、弱いはずがないのだ。

 しかし、彼は自分の実力の高さに全然気づいていないのだ。

「あのお侍さんを見ていたら、どうしても放っておけなくてねぇ……」

「それであんな芝居を打ったんだね?」

 お節介な占い師には、武蔵を放っておくことが出来なかった。

 だからお金にならないのに、一芝居打って武蔵に自信をつけさせたかったのだ。

「あのお侍さん、生き残れるかなぁ?」

「さてね。そればかりは占い師の儂にも分からんよ」


 そんな事はつゆ知らず、武蔵は上機嫌でお城へ向かって大通りを歩いていた。

 百両のお守りをただで手に入れたのだから、機嫌も良くなるだろう。

「ふんふふ~~ん♪」

 のんきに鼻歌を歌いながら、武蔵は大通りの真ん中を堂々と歩いていた。

 さっきはコソコソと、まるで人目を避ける盗人ように歩いていたくせに。

「……」

 そんな武蔵を、人々は怪訝そうな顔で見ていた。

 別に、武蔵が急に堂々と道の真ん中を歩いているから気になるのではない。

 彼らはさっきまで脇道を走る武蔵なんて、眼中になかった。

「あのお侍さん、何か良いことでもあったのかな?」

「さあな、でもやけに機嫌が良いな?」

 人々が武蔵を見ていたのは、侍が機嫌良さそうに歩いているからだ。

 この世界の侍は腕は立つが、人相や素行の悪い荒くれ者も少なくなかった。

 だからこの世界の住人たちにとって、侍とは畏怖嫌厭の対象でもあった。

 それが機嫌良さそうに歩いていたら、嫌でも気になるという物だ。

「よく分からんが、あんまり近づかない方が良さそうだな?」

「ああ、何か機嫌を損ねるような事をしたら面倒だぞ?」

 別に武蔵が人々を威嚇したり、圧をかけているわけではない。

 しかし、妙に機嫌が良い武蔵は違った意味で人々を緊張させていた。

「(皆が俺を見てる。やっぱり、お守りのおかげで何か出てるのかな?)」

 一方、武蔵自身は自分の機嫌が良いから皆が見ていると気がつかなかった。

 二束三文のお守りのおかげで、自分から後光が出ているくらいに勘違いしていた。

「ん?」

 そんな武蔵の進行方向に、凧を追いかけて子供が飛び出してしまった。

 その様を見た大人たちは、背筋が凍る思いだった。

 この世界では、侍を怒らせたら最悪の場合文字通り切り捨てられてしまうからだ。

 かんしゃくを起こした武蔵に、年端もいかぬ男の子が斬殺される様が想像された。

「……あっ!」

 凧を拾い上げた男の子は、ようやく自分が武蔵の前に居ることに気がついた。

 まだ若いが顔にいくつもの傷跡のある武蔵は、男の子を怖がらせるのに十分だった。

「……」

 男の子と武蔵は、数秒間黙って互いを見つめていた。

「お侍さん!相手はまだ子供です!!どうかお許しください!!!」

 その様を見ていた初老の男性が、男の子と武蔵の間に割って入った。


 初老の男は、別に男の子の身内でも知り合いでもなかった。

 それどころか下手をすれば、自分も諸共に切り捨てられかねなかい。

「……」

 張り詰めた空気が当たり一面に充満し、人々は武蔵の次の言動に注目していた。

 中には、巻き込まれては困ると長屋の中へと逃げ込む者も居た。

「(え、何?何なのこの空気?)」

 しかしこの場において一番困っていたのは、誰でもない武蔵自身だった。

 気分良く歩いていたら、子供が飛び出してきた。

 それを何となく見ていたら、次は男の人が飛び出してきて何か懇願してくる。

 訳が分からないまま、注目の的になっている。

 さて、自分はどうすれば良いのだろうか?

「(何を言えば良いんだろう?何か気の利いたことを言えば、良いのかな?)」

 武蔵には、皆が緊張の面持ちで自分を見てる今の状況が全く飲み込めてなかった。

 人目を忍び、人と争うことを避けてきた彼にとってこんな経験は無かったのだ。

 まさか自分が人を殺さないか心配されてるなんて、夢にも思わなかったのだ。

「どうか!どうかお侍様!!」

 初老の男性は、そんな武蔵に涙ながらに命乞いをしてくる。

 ぶっちゃけ、あの状況を放っておいても武蔵は子供を殺したりなんかしない。

 そのまま子供を避けて通り、お城に向かうだけだったのだ。

「(……え~っと……とりあえず『全然平気だよ』って言えば良いのかな?)」

 武蔵には、謝られた経験が驚くほどに少なかった。

 謝った経験は数多あるが、命乞いされたなんて今回が初めてだ。

 しかも、武蔵には何が原因で命乞いされてるのかも分からない。

「……あの~……」

 とりあえず武蔵は、話しかけて男性を落ち着かせようとした。

 何となくだが、何か誤解があるのではと彼は推測していた。

 だから、誤解を解けばこの良く分からない状況は解消すると思ったのだ。

「そこの者っ!何をしておるかっ!?」

 だが、状況は更にややこしい方向へと転がり出してしまった。

 騒動を聞きつけた奉行所の役人数名が、武蔵にさすまたを構えて居るではないか。

 役人から見たら、武蔵が初老の男性と子供をいじめているようにしか見えない。

「いや、あの……」

 武蔵は役人に対して、これは誤解なのだと弁解しようとした。

 だが、そうは問屋が卸さなかった。


「この緊急時にもめ事など起こしおって!こっちへ来い!!」

「え!?だから……」

 武蔵は必死に弁明しようとしたが、誰も話をちゃんと聞いてはくれなかった。

 運の悪い武蔵は男たちに囲まれて、そのまま奉行所へと連行されてしまった。

「(え!?龍神の涙を持ってたら、運が向いてくるんじゃないの!!?)」

 武蔵は、刀の柄に付けられた百両のお守りを恨めしそうに見ようとした。

 しかし残念ながら、刀は役人たちに没収され見ることは叶わなかった。

「名前は?」

「……武蔵です」

 町の奉行所へと連れてこられた武蔵は、そこで事情聴取された。

 と言っても、ろくな身分証面書もないこの世界での事情聴取なんていい加減だ。

「どこの出身だ?」

「肥後です。肥後の小さな農村に生まれました」

 武蔵は役人の質問に、一つ一つ丁寧に答えていった。

 ここで役人の心証を悪くすると、後々不利になると思ったからだ。

「ちょっと、上だけ脱いで見せろ」

「……はい」

 武蔵は役人に言われるまま、上半身裸になって見せた。

 何も役人は、武蔵に身体に興味があるわけでは無い。

 武蔵に前科があるならば、それを示す『入れ墨』が身体にあるはずなのだ。

「前科はないようだな?」

「はい」

 武蔵は屈辱的な気分だったが、ぐっと堪えて応じた。

 彼の人生の中で、理不尽な扱いや屈辱的な思い出は少なくなかった。

 そのおかげで、この程度の扱いで怒るような男ではなかった。

「何があったんだ?」

「……実は……」

 武蔵は、ようやく自分の主張を聞いてもらえる機会が来たと思った。

 彼は、可能な限り詳細に事の顛末を役人に説明した。

 気分良く歩いていたら突然、子供が飛び出して来たこと。

 別に武蔵には子供や男性をどうこうしようなんて考えは無かったこと。

 対応に困っていたら、役人に取り押さえられてしまったこと。

「……と言う事なんです」

「と言うと、お前は何もしてないのか?」

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