第18話
「確かにそれだけじゃ、山城かどうかは分からない」
「そうですよね?では、なぜ武蔵殿は山城だと判断したのですか?」
この世界にはグーグルアースもドローンもない。
もちろん航空機も存在しないから、風雲城の様子なんて誰にも見えないはずだ。
「見たからさ」
「風雲城を見たのですか!?」
だが、武蔵は自信満々に見たと言っている。
薫は、にわかには武蔵野その発言が信じられなかった。
「城そのものは見てない。そこに大量の妖怪が居ると言う証拠を見ただけだ」
「……妖怪が居るという証拠?」
しかし残念ながら、武蔵も風雲城の正確な様子なんて見ていなかった。
だが彼は、そこに風雲城があるという確信めいた自信があった。
「カラスだ。野生のカラスが一斉にバアッと飛び立つところを見たんだ」
「なるほど。腐肉を漁るカラスが大量に飛び立つなら、そこには大量の死体が……」
カラスに限らず、死体を餌にする動物は数多く存在する。
それらが一カ所に固まると言うことは、やはりそれだけ豊富に餌があると言う事だ。
「つまり、大量の妖怪が居ると言う事になる」
「……流石は経験豊かな武蔵殿だ」
薫は武蔵の説明に納得するしかなかった。
彼の説明は理にかなっており、カラスのたまり場が一番怪しいのは間違いない。
「何度もしたい経験じゃないけどな?」
「いえ、文献や口伝ではないその生きた経験や知識こそが何より信用できます」
薫は武蔵の知識と経験に、ただただ感心するばかりだった。
しかし、武蔵自身はこんな血にまみれた経験はありがたいと思っていなかった。
「……そう?まあ、そんな訳で俺たちはあそこを目指してるんだ」
「あそこに風雲城が」
武蔵が指さす先では、上空でカラスたちが何羽も旋回している。
餌となる動く死体たちにつきまとっているのだ。
「武蔵殿!」
「どうした?」
薫の先を行く武蔵を、薫は後ろから急に呼び止めた。
どうしたのかと思って、武蔵は立ち止まって振り向いた。
「私も自分の未来について、この戦いが終わるまでに答えを出そうと思います」
「……その時もし良かったら、聞かせてくれるか?」
武蔵は薫が侍を辞めたら、どんな道を歩むか興味を持ち始めていた。
薫がどんな道を行くとしても、武蔵と彼女の関係は源吾郎を倒すまでだ。
「はい!きっと、武蔵殿にお話しします」
「……楽しみにしてるよ」
昨日までの彼は、なるべく薫に踏み込まないように心がけていた。
なぜ武蔵は薫の次なる目標に興味を持ったのだろうか?
薫が自分と同じで、仕方なく侍をしているからだろうか?
薫が女性だと知ったからだろうか?
それとも、薫が曲がりなりにも自分の弟子だからだろうか?
「何してるんだろうな?俺は」
「何か仰いましたか?」
武蔵は自分がなぜ薫を気に掛けているのか、自分でも分からなかった。
彼は自分に問いかけるように、ポツリと言葉を漏らした。
「夕方までにはあの山の頂上に登りたいなって言ったんだよ!」
「あの山ですか?」
武蔵が示したのは、彼らの前方にあるひときわ大きな山だった。
その山があまりにも大きいので、その向こう側が見えないくらいだった。
「あの山に登れば風雲城が見えるかも知れないんだ」
「なるほど」
カラスの大群は山の反対側から飛び立っている。
つまり、風雲城があるとするならあの山の向こう側と言うことになる。
「しかし武蔵殿、なぜ風雲城はあの山に建っていないのですか?」
「攻撃されやすいからか?」
山城は通常、その周辺で一番高い山に築城されるのがセオリーだ。
そうすれば攻められにくくなり、防御力が格段に上がるのだ。
「はい。あの山より低い位置に城を建てたら、あの山から攻撃されます」
「確かに、一番高い山に建てれば防御はしやすい。けど、それだけなんだ」
山城は、必ずしも一番高い山に築城される訳ではない。
なぜなら水や食料をはじめとした、物資が搬入しにくくなるからだ。
「あの一番高い山に城を建設したら、特に水の確保で困る事になるんだ」
「なるほど。籠城に向かなくなってしまうのですね?」
もちろんこれは城を間借りしている妖怪には、関係の無い話だ。
妖怪は水も飲まないし食料も必要ない。
妖怪から見たら、一番攻められにくい場所の方がありがたかっただろう。
「だから、多分守ってる」
「守る?何をですか?」
薫は今の会話から、妖怪が何を守っているのかピンと来なかった。
武蔵の話が一見、何の脈絡も無く変わったように感じられたのだ。
「さっき薫が言ったように、あの山の頂上は風雲城を見下ろせる」
「……はい。確かにそう言いました」
しかし、武蔵だって何の脈絡もなく話題を変えたのではない。
ちゃんと風雲城を攻めるための話をしていた。
「だから、あの山の頂上に妖怪を配置して守ってるに違いないんだ」
「砦を構えてると言う事ですか!?」
弱点が丸出しなのだから、そこの守りを固めるのは至極当然だ。
北野源吾郎という妖怪は、それくらいの知恵は働く妖怪のようだ。
「砦と言う程の代物かどうかは分からない。けど、守りを固めてるのは確かだろうな」
「今からそこへ向かうのですよね?」
もし仮に北野源吾郎が山の頂上を守っているなら、そこに突っ込むことになる。
たった二人の侍が妖怪の一団を相手にするなんて、無謀にしか見えなかった。
「風雲城を攻略するには、あの山から見て確認するのが一番確実なんだ」
「しかし、山の頂上を攻めるのは難しいと先程……」
さっき武蔵は山の頂上は守りやすく攻めにくいと自分で言った。
まして二人は、妖怪が守る砦を攻略するための武器なんて持ってない。
「そうだな。でも、そうするだけの価値がある」
「……この人数で大丈夫でしょうか?」
山の頂上にある妖怪の砦、それがどれほど頑強な要塞かは分からない。
だが、石田四成の軍勢が攻めるのを諦めたのは確かだ。
「大勢よりもむしろ、二人の方が案外上手く行くかも知れないぞ?」
「そう言うものでしょうか?」
戦いのセオリーは『数こそ力』だ。
少人数よりも大人数の方が強いなんて言うのは、子供でも分かる理屈だ。
「必ずしも人数が多ければ良いってものじゃない。多いと目立つしな」
「何か攻略の秘策があるのですか?」
武蔵があまりにも堂々としているので、薫は武蔵には策があると思った。
薫よりも武蔵の方が経験豊富だから、こんな時の対処法も知っているのだろうと。
「いいや。秘策なんて無いよ?」
だが、武蔵には策という程のものが無かったのだ。
「えっ!?何の策も無く、敵陣へ向かっているのですか!!?」
「秘策が無いと言っただけで、いくつかの考えはあるよ」
だが、武蔵だって何の考えも無く敵と戦うつもりは無い。
秘策、と言うほどの凄い策が無いだけだ。
「あ、そう言う事でしたか。して、その考えとは?」
「動物だ」
武蔵が策として提案したのは、野生の動物を遣う方法だった。
だが、薫には何のことやらさっぱり理解不能だった。
「動物?」
「動物たちの力を借りるんだ」
武蔵たちが居る山々には、たくさんの動物たちが住んでいる。
鳥やリスのような小さな動物から、狼や野犬みたいな危険な動物だっている。
「……良く分からないのですが?」
「カラスたちが風雲城から飛び立ってるだろ?」
武蔵が指し示すとおり、風雲城と思わしき場所から大量のカラスが飛び立っている。
カラスたちの目的は、腐った死肉を餌とすることだ。
「……はい」
「だから、狼や熊を味方に付けるんだ」
武蔵は山や森に住む肉食獣たちを、妖怪に向かわせる策を考えていた。
数で勝る妖怪たちに、動物たちと協力して戦おうというのだ。
「獣を妖怪たちにけしかけるという意味ですか!?」
「一体ずつ相手にしてると、時間がかかりすぎる」
隠密潜入して、妖怪と一体ずつ減らしていく戦い方もあるにはある。
だが妖怪があまりにも多かった場合、膨大な時間がかかる。
「……武蔵殿の考えは柔軟なのですね?」
「俺は剣術だけが妖怪と戦う術だとは思ってないからな」
薫は武蔵の戦い方に、驚くやら感心するやらで肝を抜かれた。
彼女は自分の剣術以外の攻撃手段を考えたことが無かったのだ。
「確かに、敵の数があまりにも多いならそれが効果的かも知れませんね」
「まあ、実際に敵の戦力を見てみないと何とも言えないけどな?」
山の頂上にどれくらいの妖怪がひしめいてるか、まだ分からない。
ひょっとしたら武蔵が深読みしただけで、何も居ないかも知れない。
「……もしかして武蔵殿は風雲城の攻略法も考えているのですか?」
「それはまだ何も考えてないよ」