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第15話

「……んッ!?何だ今の悲鳴!!?」

 薫の悲鳴は本堂で眠っていた武蔵の耳に届いた。

 眠りに入って間もなかった事も幸いして、武蔵はすぐに目を覚ました。

「薫が居ない?じゃあ、さっきの悲鳴は……」

 武蔵は枕元に置いていた自分の刀と、薫の刀を持つと本堂から飛び出した。

 そして彼は直感的に本堂の裏、つまり温泉を目指して走り出した。

「イヤァァァアアアッ!!!」

「やっぱり薫が温泉に居るんだ!」

 温泉から聞こえた女のような悲鳴を頼りに、武蔵は本堂の裏へと回り込んだ。

 するとそこには、湯気に映し出された人影があるではないか。

「薫!どうした!?」

「む、武蔵殿!?どうして、こんな時に!!?」

「お前が変な声出すから走ってきたんだろうが!!」

 湯気に映し出されているのは、薫で間違いないようだ。

 幸いなことに、湯気が薫の身体を絶妙に隠してくれていた。

「す、すみません!あ、アレが突然!!」

「アレ?どれだよ!?」

 武蔵が薫の指さす方向を見ると、何やら白い影のようなものが見える。

 最初は湯気の塊かと思っていたそれは、徐々に人の形になった。

「ゆ……ゆ……ゆ……」

「幽霊?」

 二人が見たものとは、紛れもない幽霊だったのだ。

 袈裟を身につけ、頭髪を剃った目力の強い僧侶の幽霊が現れたのだ。

「……と……」

「武蔵殿!何か言ってますよ!?」

「分かってるよ!静かに!!」

 武蔵は薫に注意すると、幽霊が何を言おうとしているのか神経を集中させた。

 僧侶の幽霊は二人に向かって、今度はハッキリと言った。

「旅の御仁、弟子たちを救っていただきありがとう御座います」

「あんたはこの寺の住職か何かか?」

 武蔵たちは温泉に入る前に、この寺を彷徨う妖怪を二体葬った。

 二体とも、坊主頭でこの寺の関係者だと思われた。

「はい、私はこの寺の元住職『雲河』と言うものです」

「雲河和尚、さっき俺たちがあんたの弟子を救ったと言ったな?」


「はい、先ほどお二人が葬った者は私の弟子です」

 さっき武蔵たちが葬ったと言えば、二体の坊主の妖怪で間違いないだろう。

 何の気まぐれか、武蔵は死体を土に埋めて埋葬したのだ。

「私の弟子たちは、魂を妖怪に囚われて身体に縛りつけられていました」

「それを俺たちが解放した……と?」

 妖怪の魂は、首をはねた死体には憑依して居られない。

 それと同じ原理が、人間の魂にも適用されるのだろうか?

「はい、私は見ての通り霊体なのでどうしてやることも出来ず……」

「ここで誰かがあの二人を葬るのを待ってたって訳か」

 雲河和尚の幽霊がこの寺にいつまでも漂っていたのは、弟子たちを心配してだった。

 妖怪に捕らえられ、死後の世界に行けない弟子たちを見守っていたのだ。

「そんな時にお二方が現れ、私の願いを叶えてくれました」

「よせよ。少なくとも俺は、安心して寝るためにやっただけだ」 

 武蔵は妖怪化した死体に、まだ本人の魂が残ってるなんて知らなかった。

 ただ、目の前の妖怪の首を作業のようにはね続けてきただけなのだ。

「例えそれでも、私の弟子を救って下さったことに変わりありません」

「その礼を言うためだけに、俺たちの前に現れたのか?」

 雲河和尚が武蔵たちの前にこうして姿を現したのは、祟るためではない。

 和尚は死後の世界に旅立てずに居た弟子たちに変わって、礼を言いに来たのだ。

「本当に、本当にありがとう御座いました」

「……」

 雲河和尚の後ろに、二人の若い坊主が現れた。

 服装から察するに、さっき武蔵たちが葬った坊主で間違いないだろう。

「これでようやく、私も旅立つ事が出来ます」

「冥福を祈ってやるよ」

 武蔵は見よう見まねで合掌し、三人の冥福を祈った。

 慈悲深き御仏が、三人の魂を極楽へと導いてくれるように。

「かたじけない。さ……うな……」

 雲河和尚たちは消え、辺りは夜の静けさを取り戻した。

 まるでさっきまでの出来事が、全て武蔵の夢だったかのようだ。

「……しかし、世の中には不思議な事があるもんだな?薫」

「……」

 武蔵は後ろに居るはずの薫に声をかけたが、返事がない。

 武蔵は嫌な予感がして、後ろを振り返った。


「……ブクブクブク」

「薫ッ!」

 振り返った武蔵が見たのは、温泉の中に沈んでいる薫だった。

 彼女は幽霊を見たあまり、失神してしまったのだ。

「どおりで途中から全然、話に参加しないなと思ったんだ!!」

 薫が途中から一切何もしゃべらなかったのは、気を失ったからだった。

 武蔵は大急ぎで薫の身体を温泉から引き上げた。

「……薫っ!?お前……」

 武蔵はこの時、初めて薫が女性なのだと知った。

 母親や姉妹以外の女性の裸体を初めて見た武蔵は、どうしたものかと思った。

「どうしよう!?どうすれば良いんだろう!!?」

 武蔵は引き上げた薫をどうすれば良いか分からず、オロオロとしている。

 薫は水を飲んでしまったのか、息をしていない。このままでは彼女の命が危ない。

「薫、済まん!!」

 武蔵が薫を救うために出来ること、それは彼女に息を吹き込むことだ。

 武蔵自身もそんな経験は無かったが、この状況でそんな事を言ってられなかった。

「……」

「……」

 武蔵は薫を横たわらせ、気道を確保すると彼女に空気を吹き込んだ。

 武蔵の肺から、薫の肺へと酸素が送り込まれた。

「……ゲホッ!ゲホッ!!」

「良かった!生き返った!!」

 武蔵の蘇生法が正しかったのか、薫は飲み込んでいたお湯を吐き出した。

 彼女は、自分の力で呼吸できるようになったのだ。

「薫!大丈夫か!?」

「む、武蔵殿!?み、見ないで下さい!!」

 武蔵は息を吹き返した薫から、それはそれは見事な右ストレートをもらった。

 この時、彼は薫を助けたのが正しかったのか自問自答せずに居られなかった。


「……痛ってぇ」

「大変申し訳ない!折角助けていただいたのに!!」

 武蔵は、薫の右ストレートをたたき込まれた頬をさすっていた。

 息を吹き返した薫はあの後、自分で身体を拭き服を着た。

 しかし彼女が女性なのだと言う秘密は、武蔵に目撃されてしまっていた。


「俺も見ない方が良いとは思ったんだけど、あの状況じゃ……」

「武蔵殿には感謝しておりますッ!あのままでは私は溺れ死んでおりました!!」

 薫は平伏して武蔵に謝罪した。

 流石に命を助けてもらったのにパンチを叩き込んだのはマズいと思ったのだ。

「……この事は水に流そう。それよりも『私』が本当の一人称だったんだな?」

「はい、拙者を使っていたのはその方が男らしく見えるかと……」

「だから時々、口調がおかしかったんだな?」

 武蔵は薫に会って間もなく、彼女に対して拭えない違和感を覚えていた。

 しかし深入りするのは面倒の種になる思い、見て見ぬふりをしていたのだ。

「おかしかったですか!?私はちゃんと演じているつもりでしたが……」

「色々おかしかったけど、御座るの使い方が特に変だった」

 薫は『拙者』と『御座る』を意識的に遣う事で男らしさを演じていた。

 しかし、彼女の口調は時々ブレて逆にわざとらしさを感じさせていた。

「そうでしたか。もっと精進せねば」

「で、なんで口調まで偽装して男のふりなんか?」

 薫が口調を偽装した結果、かえって武蔵に不信感を与える結果となった。

 普通の口調でしゃべっていたら、武蔵も何も感じなかっただろう。

「……女が侍をするのは目立つと思いまして」

「まあ、それは否定しないけど……」

 そんなきまりは無いが、侍は男が圧倒的に多い。

 妖怪を狩るというのは体力の要る仕事だし、汚い思いなんて日常茶飯事だ。

 何より、侍奨励の御触れが出てからは侍はならず者の集団と化した。

 そんな中に、こんな可憐な少女が入っていったら食い物にされてしまう。

「昨日お話ししたとおり、私が継がねば佐々木一刀流は途絶えてしまいます」

「……うん」

 佐々木一刀流の正当後継者、薫のお兄さんは幼くして他界した。

 だから、仕方なく薫が佐々木一刀流の後継者になったのだ。

「武蔵殿、今朝方私に『その時、どんな気持ちだったか?』と尋ねられましたね?」

「ああ、訊いたな」

 その時は武蔵にもそこまで深い考えがあって尋ねたのでは無い。

 だが薫が女性だと分かった今では、その質問の重さが分かった。

「正直、なぜ私が剣術なんかと思わずに居られませんでした」

「だろうな。特に、お兄さんが居たわけだし」

 女の子として生を受けたのに、男として生きる事を求められる。

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