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第13話

「武蔵殿、こちらで御座る」

「こんなところに寺があるだなんて」

 武蔵は薫の案内で、山にポツンと建つ荒れ寺に来ていた。

 敷地内には草が生い茂り、とても人が出入りしている場所とは思えなかった。

「はい、先ほど歩いていたら見かけたので御座る」

「だったら、ここの厠を使わせてもらえば良かったんじゃ?」

 薫の言う先ほどとは、用を足すために森の奥へと入っていた時のことだろう。

 そんな時に荒れ寺を見つけたのならば、遠慮無く使えば良い。

「……それが……その……」

「ん?何かマズいことでも?」

 薫は奥歯にものが挟まったような、何か言いにくそうにしている。

 武蔵には、その理由がピンと来なかった。

「ちょっと、怖かったので。荒れ寺というものが」

「……まぁ、気分の良いものじゃ無いからな……」

 侍としての生活が長い武蔵にとって、荒れ寺に入るなんて珍しいことでは無い。

 だが侍としての経験が浅い薫にとって、荒れ寺は一人で入るには不気味だったのだ。

「普段、こういう場所には立ち入らないようにしているのですが……」

「他に寝泊まりできそうな場所も無いしな」

 武蔵だって、一人でこんな場所で寝起きするなんて好きでしてるのでは無い。

 慣れているとは言っても、やっぱり不気味に感じるものだ。

「とりあえず、入ってみるか」

「武蔵殿がお先にどうぞ」

 武蔵は、なるべく音を立てないように寺の門を押し開けた。

 立て付けの悪い門がギギィと言う音を立てながら開いた。

「武蔵殿!変な音を立てないで下さい!!」

「仕方ないだろ!?」

 薫は武蔵の『道中合羽(マントのような羽織)』につかまったままついてくる。

 よっぽど荒れ寺と言うものが恐ろしいのだろう。

「……幽霊とか、出ませんよね?」

「十八年間、幽霊は見たことが無いなぁ……」

 妖怪は斬るのに、幽霊が怖いなんて変な話だなと武蔵は思った。

 しかし、薫が言うように幽霊が出没してもおかしくない雰囲気だ。

「……おぉぉぉ……」

「っ!?」


 門をくぐった武蔵たちの耳に、奇妙な音が聞こえた。

 妖怪のうめき声では無い、地の底から聞こえるような音だ。

「ひぃぃぃいいい!!!」

 薫はその幽霊のような不気味な声にすくみ上がって、武蔵の後ろに隠れた。

「大丈夫だよ!あれから聞こえたんだ!!」

「……あれ?」

 薫が武蔵の指さす方向を見ると、そこには斜めに切られた竹があった。

 一見、何の変哲も無い竹にしか見えないが竹からなぜ音が聞こえるのだろうか?

「あの竹の切り口に風が当たって音が鳴るんだ」

「……しかし、さっきまでは鳴ってませんでしたが?」

 もし武蔵の言うとおり、風が原因で鳴るのだとしたらいつでも鳴っているはずだ。

 しかし音は武蔵たちが現れるまで、全く鳴っていなかった。

「俺たちが門を開けたから、空気の通り道が出来たんだ」

「……なるほど」

 そこまで説明されて、薫は門から空気の流れが来ている事に気がついた。

 門が閉じていたから、さっきまでここには風が無かったのだ。

「さ、行こうぜ?」

「は、はいッ!」

 薫は前屈みになって、武蔵の背中につかまったまま寺の奥へ進んだ。

 荒れ果てた寺は、久々の来訪者に何かを訴えかけているかのようだった。

「庭も凄い荒れ方だけど、建物もひどい有様だなぁ」

「……武蔵殿、やっぱり別の場所を探しませんか?」

 薫は腰が引けたまま武蔵に提案、と言うより懇願した。

 ここを勧めたのは他でもない薫だったが、予想以上に怖いのだろう。

「……って言っても、もう日が沈むからなぁ」

「こんなところに泊まったら、祟られるやも知れません!!」

 確かに薫の言うとおり、寺は不気味な雰囲気を放ち続けている。

 朽ちた本堂を見ていると、祟られそうな気がしなくも無い。

「祟られはしないだろ?墓じゃ無くて寺なんだから」

「そんなぁ……」

 薫の必至の頼みは、武蔵にあっけなく却下されてしまった。

 武蔵は寺の中に、草履を履いたまま上がり込んだ。

「武蔵殿!?草履は脱いで下さい!!」

「こんなところで草履脱いだりしたら危ないだろ?」


 寺は荒れ、床がささくれている箇所もある。

 こんなところを草履を脱いで歩き回ったら、怪我をするかも知れない。

「……しかし……」

「大丈夫だよ。幽霊なんか出やしないって」

 祟りとか幽霊を信じている薫とは正反対で、武蔵はそんなの迷信だと思っていた。

 死んだ人間は何も言わないし、何もしないし、どこにも行かないと考えていた。

「早く入ろうぜ?寒いだろ?」

「ま、待って下さい!武蔵殿!!」

 武蔵は薫の制止を聞かずに、ズカズカと我が物顔で本堂に侵入した。

 破れた障子を開けると、そこはガランとしており生き物の気配は無かった。

「埃が凄いけど、どこかが抜けてるとかはなさそうだな?」

「ここの住職は一体どうしたのでしょうか?」

 武蔵と薫が中をぐるりと見渡すと、そこはもぬけの殻だった。

 一応、仏事に使う道具のようなものは落ちているが役立ちそうなものは無い。

 まるで夜逃げでもしたかのようだった。

「さぁな。ここを引き払ってどこかに移ったか、あるいは……」

「あ、あるいは?」

 薫は恐る恐る、武蔵に『あるいは』の後を尋ねてみた。

 だが、本当は薫にも『あるいは』の後が予想できていた。

「妖怪がこの山には出るからなぁ」

「……ゴクッ」

 薫は思わず喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

 住職たちが、寺を引き払わないままここに居るのだとすれば。

 山門は、武蔵たちが来たときはちゃんと閉じられていた。

「……あぁ~~……」

「……うぅ~~……」

 頃合いを見計らっていたかのように、月明かりで障子に二つの影が映し出された。

 ヨロヨロと歩く二つの影は、寺の侵入者をしきりに探していた。

「仕方ない。寝る前に一仕事するか」

「本気ですか!?相手は……」

 薫は二体の妖怪を斬ることに躊躇していた。

 この寺に閉じ込められていた妖怪とは、おそらくこの寺の坊主だからだ。

「坊主だろうが農民だろうが侍だろうが、妖怪になったら同じだ!」

「……」


 確かに論理的に考えれば、武蔵の主張は正しいと薫も思った。

 しかし、それでも感情の部分では素直には納得できずに居た。

「嫌なら、俺一人で片付けるぞ?」

「……いえ、拙者も参ります」

 だが薫にだって、妖怪を斬らなくては前に進めない事だって分かっている。

 それに武蔵も、別に好きでやっているのでは無い。

 それから逃げては、きっと自分は武蔵と同行するなんて出来なくなってしまう。

「無理しなくても良いんだぞ?妖怪二体くらい俺一人で……」

「武蔵殿、拙者は武蔵殿の業を盗むと言いました。今がその時なのです」

 武蔵の業を盗むとは、何も武蔵のテクニックだけ盗むという話では無い。

 武蔵の息づかいや、心構えを盗むという意味だ。

 それなのに、ここで逃げてどうする?

「まぁ、近くで見る分には良いんじゃないかって言ったのは俺だからな」

「武蔵殿の業、この目にしかと焼き付けます」

 薫は迷いを振り切るように、震える手で刀の鞘をギュッと握りしめた。

 そこには寺に入ったときの気弱な薫はどこにも居なかった。

「気合い入れすぎてしくじるなよ?」

「承知仕った!」

 武蔵と薫は障子戸を勢いよく開け、外に立っていた元坊主を睨んだ。

 頭を丸めた二人の坊主は、武蔵たちに気づくとうめき声を上げた。

「……あぁ~~……」

「……うぅ~~……」

 焦点の定まらない目が、武蔵と薫の目を見ている。

 坊主の身体はほとんど腐敗しておらず、つい最近亡くなったようだった。

 だが、その中途半端さが余計に気味悪さに拍車をかけていた。

「……」

「やっぱり俺が両方始末しよっか?」

 薫は生前の姿を多く残す妖怪に、しばし躊躇しているようだった。

 妖怪退治の経験が豊富な武蔵でも、この手の妖怪は迷いが生まれる。

「いえ、やります!やらせて下さい!!」

「そうか?じゃあ、俺が左のを斬るからな?」

「はいッ!!」

 武蔵と薫が二体の妖怪を葬るのに、時間なんか要らなかった。

 武蔵は珍しく、屠った妖怪を土に埋めて弔った。

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