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第12話

「……あぁ~~……」

「……うぅ~~……」

 すると、あたかも武蔵の行く手を遮るように二体の妖怪が現れた。

 妖怪の顔には、二つの大きな穴が開いていて眼球は入っていなかった。

「退けッ!!」

 武蔵は刀を大きく一度だけ振ると、鯉口を鳴らして刀を鞘に収めた。

 すると、眼球を失った頭が何の抵抗もなく地面にドチャッと言う音と共に落ちた。

「……誰だって、こんな死に方はしたくないからなぁ」

 武蔵は、腐敗して首まで切断された無残な死体を見て思った。

 彼自身だってこんな姿になりたくないし、薫のこんな姿も見たくない。

「そろそろ見つかってくれると、嬉しいんだけどな」

 武蔵は死体をそのままにして、薫の追跡をようやく再開した。

 誰にも弔ってもらえない故人は、ものも言わずに倒れている。

「ん?人の声?」

 武蔵が耳を澄ますと、枝の音や水の音に紛れて勇ましい声が聞こえてくる。

 方向的には薫が向かったであろう方向と同じだ。

「薫か?」

 武蔵は耳を頼りに、声の主を探して走り出した。

 近づくにつれて、徐々に声が鮮明になって声の主が誰なのかを教えてくれた。

「薫っ!?」

 声の主は、武蔵がさっきから探していた人物で間違いない。

 薫は着付けもそこそこに、妖怪たちと戦っていた。

「せやぁぁぁあああ!!!」

「……あぁ~~……」

 しかし、戦っている場所がいかんせん悪かった。

 木々の茂る山林の中では、彼女の刀は長すぎるのだ。

 戦い方が制限されてしまった状況では、免許皆伝の薫でも苦戦は必至だった。

「薫っ!助けに来たぞ!!」

「武蔵殿っ!?」

 薫は武蔵の姿を確認すると、急に顔を真っ赤にして脚絆を引き上げた。

 しかし脚絆を気にしだしたせいで、彼女の剣はより制限されてしまった。

「頃合いが良かったのか、悪かったのか」

 武蔵は自分が助けに来たタイミングは、もしかして悪かったのではと思った。

 しかし、今はそんな事を議論している場合では無い。


「この狭い場所じゃ刀は不利か!だったら……」

 武蔵は背中に背負った桐箱から、太刀よりも一回り小さい刀を取り出した。

 だがその刀は、武蔵が太刀と一緒に腰に差している脇差しよりも長い。

「……小太刀?」

 薫には、太刀と脇差しの中間のその刀に覚えがあった。

 武蔵が取り出したもの。それは小太刀と呼ばれる取り回しを重視した刀だった。

「そうだ、コイツは小太刀だ!そして……!!」

 武蔵は右手に小太刀を、左手に脇差しを構え『二刀流』の構えをとった。

 小太刀も脇差しも、太刀に比べて遙かに攻撃力が低い。

 だが、木々が茂る戦場ではこの二本の方が有効だと判断した。

「……あぁ~~……」

「……うぅ~~……」

 妖怪たちの何体かが、薫から武蔵へと標的を変えて向かってきた。

 リーチの短い小太刀では、妖怪の接近を許してしまうのは致し方ない。

「でやぁぁぁあああ!!!」

 武蔵は妖怪の一体に突進すると、小太刀を妖怪の首に切り込んだ。

 だが、太刀より威力に劣る小太刀では一刀両断とは行かない。

 小太刀は妖怪の首に食い込んだまま、止まってしまった。

「これでも食らえっ!!」

 武蔵は脇差しを反対側から切り込んで、妖怪の首を挟んでしまった。

 そしてそのまま力を加え、ハサミのように妖怪の首をちょん切った。

「……なんて戦い方だ。挟み込むことで破壊力を上げるなんて」

 薫は、武蔵の邪道とも言える戦い方に驚いていた。

 あんな洗練されていない荒削りな戦い方は、佐々木一刀流には無い。

「だが、あんな戦い方もあると言う事か。流石は武蔵殿」

 実際、この狭い場所では薫の得物の刀では戦い方が限られる。

 武蔵はその不利を、刀を使わない事で克服しているのだ。

「だが、拙者も負けてはおられません!」

 薫は刀の刃が上を向くように構え直した。

 所謂『上段突構え』と言われる、刺突技を使うときの構えだ。

 狭い場所でも、刺突は有効な攻撃手段だ。

「せぇいっ!!」

 薫は妖怪の喉仏にめがけて、刀を勢いよく突き込んだ。

 生きている人間だったら、この見事な一撃で死ぬだろう。


「……あぁ~~……」

 だが相手は生きている人間では無く動く死体、妖怪だ。

 刀が喉を貫通したくらいでは機能停止に出来ない。

「せやぁぁぁあああ!!!」

 だが薫だって、相手が人間じゃ無いことくらい分かっている。

 薫は刀を妖怪に刺した状態のまま、全身の力を込めて持ち上げた。

 すると、ブチブチブチッと言う音を立てながら妖怪の首がちぎれた。

「佐々木一刀流『青鷺』」

「……」

 武蔵は、その技の美しさとむごさに思わず言葉を失った。

 頭が胴体を離れ、高く持ち上げられた妖怪の様は『アオサギ』の如くだった。

 だがいくら死体といえども、頭を身体から引きちぎるのは凄惨だった。

「……うぅ~~……」

 だが仲間を陰惨な殺し方をされても、妖怪たちは意に介さなかった。

 何も無かったかのように、相変わらず武蔵と薫を狙っている。

「お前らの仲間なんだろう?少しは怖じ気づけよっ!!」

 武蔵は小太刀と脇差しで妖怪の首を挟むと、力任せに切断した。

 腐った頭部が無造作に地面に転がると、胴体も力なく倒れた。

「薫のあの技じゃ、倒すのに時間がかかりそうだな。俺が稼ぐか?」

 薫の技『青鷺』は武蔵の倒し方に比べて、効率が悪かった。

 妖怪の首を一つ一つ丁寧に千切るのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

「せぇいっ!!」

 薫も佐々木一刀流の伝承者として、流れるように妖怪を屠っていく。

 だがやっぱり動作が小さい分、武蔵のやり方の方が早かった。

「あと二体!」

 武蔵と薫は、昼食の前にちょっと用を足そうとしただけだった。

 その筈なのに、妖怪共の相手をする羽目になってしまった。


「あぁ~~、腹減ったぁ~~」

「申し訳御座らん。拙者のせいで……」

 武蔵と薫が戻った頃には、鍋はすっかり冷えてしまい火も消えていた。

 昼食と呼ぶには、遅すぎる時間になってしまっていた。

「あんなに妖怪が出るなんて、誰も思わないよ。まあ、ちょっと離れすぎだけど……」

「どうしても人に見られたくなかったもので……」


 薫は恥ずかしそうにそう説明しているが、武蔵には少し引っかかった。

 薫は武者修行の旅に出て、日が浅いから恥ずかしいのだと言うのは分かる。

 だが、それでも分からない点がいくつかあった。

「(でも、あんまり深入りするのもなぁ……)」

 武蔵と薫は北野源吾郎を討つまでの関係だ。

 今朝はあれこれと訊いてしまったが、本来は込み入った事情は訊くべきではない。

「……分かったよ。そんな事よりも飯にしようぜ?」

「かたじけない」

 武蔵は薫に感じている疑問を飲み込んで、火を再び起こし始めた。

 あまり変な事を訊くと、関係がギクシャクしかねないからだ。

「ただし、今度からはあんまり遠くに行かないでくれよ?」

「承知仕った!」

 そんなやりとりの後、武蔵と薫は昼餉と呼ぶには遅い食事を簡単に済ませた。

 武蔵は食事を摂りながら、これからの事を考えていた。

「(本当はここで一夜を明かすつもりだったけど、早すぎるしなぁ……)」

 武蔵たちが座って居る小高い山の頂上は、今日の目的地だった。

 だが、薫が武蔵をグイグイと押すものだから予定よりも早くに着いてしまった。

「(かといって、ここから次の山を目指すには時間的にも体力的にも……)」

 この山から東北に連なる山を目指すには、今からでは遅すぎる。

 太陽は西に傾き、緋色になりつつある。

 そして、何よりも気力体力共にこれ以上の消耗は避けたかった。

「武蔵殿、いかがなされた?」

「ん?ここから次の山を目指すべきか考えてるんだ」

 難しい顔をして米を箸で運ぶ武蔵を心配そうに薫が見ていた。

 自分の事で、武蔵が怒っているのかと気にしたのだ。

「ここで野営を張るおつもりで?」

「この辺りの方が、中途半端な場所よりも安全だと思うんだ」

 中途半端に山を下った場所で野営を張ると、妖怪に対処しづらい。

 さっきの戦いで、この山にもいくらかの妖怪が彷徨っているのが確認できた。

 であれば、妖怪に寝込みを襲われるのは避けたい。

「でしたら、先ほど野営に向いていそうな場所を見つけたで御座る」

「そうか?だったら、やっぱり今日はもう動かない方が良いな」

 武蔵と薫は、太陽が落ちるより前に野営の支度を終えるべく動き出した。

 辺りが暗くなると、妖怪が圧倒的に有利になってしまう。

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