2.
殺し屋は部屋を出て、買い物に出かけた。
もう何日もあの部屋にこもっていて、ベーコンスープの缶詰をあらかた食べてしまった。
通りを歓楽街のほうへ歩いていき、見つけた雑貨屋に入ると、針金製の籠にランチョンミートの缶詰とパンをどんどん入れていった。
雑貨店の店主は常連客と何かを話している。どうも、例の赤シャツのことらしかった。
「あいつは革命党だよ」常連客が言った。アンダーシャツにサスペンダー姿ででっぷりしていて、大量の安ワインを袋に入れていた。
「革命党は潰れたんだろ?」
「まだ残ってるよ。警察はいつでもパクれるように準備してる」
「なんで、今すぐパクらない?」
「点数稼ぎを求められたときにしょっぴくんだよ。保存食みたいなもんだ」
「サツってのは本当にきたねえな」
「今さら、何言ってるんだよ。修道院で暮らしてたんじゃあるまいし」
なるほど。革命家か。道理で用心深いわけだ。
ギャングや政治家に手加減する警察はあっても、革命家に手加減する警察はいない。
殺し屋がレジに品物を置いたときだった。ショットガンを構えた警官たちがドアを蹴破って押し入り、店主と常連客、それに殺し屋を逮捕してしまった。
「おれたちは無実だ!」
「うるせえ、バンに入れ!」
「何の罪で逮捕されるんだ!」
「署で教えてやるよ。ほら、入れ!」
「そこの女男もだ、ほら!」
殺し屋は大人しくバンに入り、三人は警察署に運ばれた。
テレタイプのやかましい音が止まらない部屋を通り、スイングドアを何度も開け、「行くぜ、クズ野郎!」と言いながら、幼児性愛者にドロップキックを食らわせる警官に「これがお前らの未来だ」と脅かされ、三人まとめて、取り調べ室に放り込まれた。
小さな窓がひとつあるだけのカボチャ色の部屋に三人は並んで座っていた。
「なんだって、こんな目に」常連客が贅肉をふるわせた。
「どうってことないさ。間違いだってすぐ分かる」
二人の刑事があらわれた。中折れ帽をかぶった頑丈そうな男たちで、部屋に入ると上着を脱いで、シャツの袖をまくった。恐ろしかったのは兵隊風の入れ墨を入れた毛むくじゃらの太い腕ではなく、ショルダーホルスターに入れたリヴォルヴァーだった。彼らは勤務中に殺した犯罪者の数をグリップに刻んでいた。刑事のひとりはずんぐりしていて、ひとりは背が高かった。
ずんぐりの刑事が言った。「お前ら、なんでパクられたか分かるか? 右からこたえろ」
「分かりません」店主が言った。
「分かりません」常連客が言った。
「点数稼ぎです」殺し屋はこたえた。
店主と常連客の顔色が冷める、さーっ、という音がきこえた気がした。
のっぽがずんぐりに言った。
「この男女、なかなか根性があるじゃねえか」
「見上げた根性だが、おれは根性のある容疑者が嫌いなんだよ」
他のふたりの容疑者はひどく恨めし気に殺し屋を見ていた。
ずんぐりが言った。「お前らと革命党の関係を話せ」
「そんなとんでもない! 近所の人にきいてくれれば、わたしがどれだけ革命を憎んでるか分かるはずですよ!」
「わたしだってそうです! 誤解です!」
のっぽの刑事がいきなりふたりのこめかみをはたいた。ふたりは壁まで吹っ飛んだ。
「ふざけんなよ、お前ら。ネタは上がってるんだ。さっさと話せ。おい、男女。お前の番だ。お前が革命党について知ってることを全部話せ」
「何も知らない。ぼくは旅行者だ」
「へえ、旅行者ねぇ」
そう言ってうなずいた後、のっぽがいきなり半身をぐるっとまわしてフックを繰り出した。体重を乗せたいいパンチだが、ちょっと上半身を左にずらしただけでかわせた。ついでに足を引っかけて、突き飛ばし、すぐに両手を上げた。ずんぐりが銃を抜いたからだ。
ずんぐりは壁に殺し屋を追いやった。そのあいだ、立ち上がったのっぽが血走った眼で「五分でいい。そいつとふたりきりにしてくれ」と言った。ずんぐりはのっぽの額やこめかみに浮かんだ青筋を見て、「ダメだ」とはっきり言った。
「ちょっと話すだけだ」
「外に出て、頭を冷やせ」
「おい、かかってこいよ。バッジ捨てて、サシで勝負しようぜ」
「出てけ!」
「分かった、分かった。おれは至極落ち着いてるぜ。なんつったって——」
ふたりの刑事が外に出て、ドアが閉まった。
その後、三人は牢屋に放り込まれた。
「なんてこった! どうしておれがこんな目に!」常連客が嘆いた。
「おれは個人事業主だ。どうして、おれが革命家に肩入れしなきゃいけないんだ?」店主はひどく恐れていた。「あんた、あんたのせいでとんでもないことになったんだぞ」
「ぼくはただ、あいつが殴りかかったから避けただけです」
「足を引っかけて、突き飛ばすのを見たぞ」
「まあ、ちょっと調子に乗りました」
「これからどうしたらいいんだ?」
「電話をかける。人権派弁護士にな。こういうときのための人権派弁護士だ」
「そうだな。おれたちの人権はめちゃくちゃに侵されてる」
制服警官がやってきて、三人にそれぞれ一度だけ電話をかけていいと言ってきた。
オトリ捜査官や手錠をかけられたスリなんかでごった返している大部屋に電話ボックスがあり、店主と常連客は人権派弁護士に電話をかけた。
「警察の許しがたい権力乱用です。二か月後には間違いなく釈放ですから安心してください」
と、約束された。
殺し屋はあるギャング組織の顧問をしている悪徳弁護士にかけた。
「明日には自由の身だ」
それだけ言って、電話を切った。
三人はそれから阿鼻叫喚の警察オフィスの中央を進んで、地下の牢屋に入れられた。
店主と常連客はさすが人権派弁護士、国選弁護士のクズどもとは違うと誉め、ベッドに横になった。
殺し屋はというと、あの赤いシャツの男について考えていた。殺し屋が三度狙って、三度とも外したというのは滅多にない。用心深さもあるだろうが、三回目の火事作戦は間違いなく運が味方した。ただ用心深いターゲットを殺すのはボロが出るのを待てばいいが、幸運の女神に味方されたターゲットというのは非常に厄介だ。何度も点検して、しっかり弾が出ることを確認したのに引き金を引いたら不発だったとか、絶対にパトカーがやってこない土地に、有史以来初めてパトカーがやってくるとか、そういうことが起こり得るのだ。
「ああ、ぼくは世界一ついていない殺し屋だ」
殺し屋もベッドに横になった。
まもなく向かいの牢屋から鉄格子の扉が開き、誰かが荒々しくぶち込まれる音がした。
肘で半身をささえて、眺めてみると、どす黒い姿の男がひとり、仰向けに転がされていた。息はまだしていて、吸って胸が膨らむたびにシャツに染み込んだ血が布地の表面で黒く染み出した。そのときの喉の奥からなる、ひゅうひゅう、という音をきくと、もう長くないことが分かった。
それは赤いシャツの男だった。シャツは血を吸って真っ黒になっていたし、形の変わった顔は紫色に変色していた。警官たちは念入りに殴ったらしく、頭は倍の大きさに腫れていた。顔の裂け目にはザクロ色のえぐい肉が見えていて、糖蜜みたいな血がとろとろと顔の上を流れていく。
ズタズタに裂けた唇から何か、言葉らしいものをつなごうとしていた。
殺し屋は耳を澄ませた。
「おれは、本当についてない。世界一、ついてない革命家だ。最初は間違い電話、次はテレビが壊れて、それでボヤ騒ぎだ。最後はこれだ。おれは、本当に、ついてない……ついてない……ついて、ない……ついて」