1.
ショートカットの少女、または長髪の少年に見える殺し屋はライフルのスコープを覗いた。
通りを挟んだ位置に立つ、アパートの三階の窓が見えた。
よくある、道路側に黒い鉄製の非常階段が張り出したアパートだ。
スクリーン式のカーテンが上がったままになっていて、窓際に置かれた小さなテーブルが見える。
テーブルには古い本が二冊あって、黒電話が置いてある。
殺し屋は自分のアパートの窓から一メートル離れた場所にナイトテーブルを置いて、その上に置いた枕で銃身を安定させていた。こうすれば、スコープの光の反射でバレることはない。
殺し屋はスコープを覗いたままの姿勢で左手を動かし、ローソク型電話の受話器を取った。
「交換です」と、女性の声。
「ベイツ通り三十三番地の個人番号三六〇七をお願いします」
「少々お待ちください」
三十秒数えると、ターゲットが動いたのが影で分かった。
電話を取りにきて、窓にその姿があらわれたら、仕留めるつもりだ。
ところが、赤いシャツの手首だけが窓枠のそばに見えたかと思ったら、受話器は持ち上げられ、壁のほうへと消えていった。
「もしもし」神経質そうな声がした。
「チャプスイ二人前とツォ将軍のブロッコリー二人前。なるはやで」
「番号を間違えてるぞ」
ブツッと切れた。
「なかなか用心深いなあ」
殺し屋は銃から離れて、背筋を伸ばした。
赤いシャツの男をたずねて、青いシャツの男がやってきた。
赤いシャツの男は通り側にふたつの部屋を持っていて、狙える窓が三つあったが、絶対に姿を見せようとはしなかった。
青いシャツの男はまったく用心なんてものはしておらず、赤いシャツの男の部屋を自分の部屋のように使った。コーヒーを沸かし、本棚から適当に選んだ本をパラパラとめくり、テーブルに置かれた紙容器にフォークを突っ込んで、ツォ将軍のブロッコリーを食べた。その姿は全部、窓から見えた。
「きみじゃないんだよなあ」
殺し屋は枕の上に乗せた銃身を窓に向け、スコープで青いシャツの男が他人の部屋で暴君のようにふるまうのを眺めた。青いシャツの男はひどく出っ張った腹をして、手には常に安ワインの瓶が握られていた。
青いシャツの男がテレビをつけた。白黒の怪獣映画をやっていた。
赤いシャツの男は壁に隠れて見えない位置の椅子に、テレビに向かって座っている。
「おっ、これはやれるかな」
殺し屋はアパートの屋上を見た。テレビのアンテナがあった。
サイレンサー付きのライフルでそのアンテナを撃ち飛ばす。
すると、テレビが砂嵐を流し出す。
こうなると、人間やることはひとつ。
テレビをぶっ叩くのだ。
テレビの位置は窓にしっかり映っている。
さあ、叩け。叩けば、あの世行きだ。
さあ、ぶっ叩いた。
青いシャツの男が。
「きみじゃないんだよ、だから!」
殺し屋は窓をスコープで見張った。
簡単にあきらめてはプロとは言えない。
目ざとくチャンスを見つけて、付け入ることだ。
チャンスは一階下の部屋からやってきた。
油鍋でジャガイモを揚げていたので、その鍋を撃った。
カーテンがメラメラ燃え出し、炎は赤いシャツの男の部屋の窓をちらちら炙り始めた。
このアパートは非常階段が通り側についている。だから、火事で焼け死にたくなかったら、どうあっても、殺し屋の視界に入らないといけない。
今度こそ終わりだ。
引き金にかかる指に力がかかる。
遠くから消防車のサイレンがきこえてきた。
こうなると消火がはやいか、ターゲットが出てくるのが先か。
サイレンは右側からきこえてくる。
殺し屋は体を左へ動かして、右の道路を射界におさめた。
ちょうど一台のセダンが停車位置から走り出そうとしているところだった。
殺し屋はタイヤを撃ち、さらにエンジンに二発撃ち込んだ。
これで消防車は通れない。
もし、殺し屋が、この町の消防士がギャング並みに凶悪で邪魔する車は平気でぶつかってどかすことを知っていれば、別の手を考えていただろう。
消防車はアパートの窓を狙って水をかけ、赤いシャツの男は命拾いした。