冬の終わり
そして馬車は騎士団の団舎に戻って来た。
リーリアは既に家に送っている。フロルは、四人の隊長達と共に辻馬車を降りた。ドレス姿はローブで隠しているが、頭には長い髪のカツラをつけ化粧もしている。マクスの偽恋人役をする事は騎士団の皆が知っているから驚く人間はいないが
「おっ!フロル、可愛いじゃん。」
とわざわざ言って来る者がいる。その度にユーリから怒りの波動が伝わって来るのでフロルとしてはものすごく居た堪れない。
「なあ、フロル。」
とマクスが言った。
「今更だけど、やっぱり第五隊に来ないかい?ユーリのところより僕のところの方が気楽だろ?」
確かに、ユリウスはフロルが騎士団に残る事を認めると言ってはくれたが、さっきからずっと機嫌が悪い。無神経だが能天気なマクシミリアンの側にいる方が誰にとっても良いかもしれない。
だが。
「やめとけ。」
とヴェルギールが言った。
「ディムがますます凶暴化するぞ。」
そうだった。この人にはローザが付きまとっているのだった。今日の騒動だって、半分以上はローザのせいなのである。これ以上ローザが問題を起こすと、ますますユリウスの機嫌が悪くなってしまうだろう。
「でも、怒っているユーリの側にいるのはフロルだって心痛だろう?」
マクスの問いにアレクが答えた。
「ユーリは怒っているんじゃなくて恥ずかしがってんだよ。フロルに裸を見られたから。」
すごい勢いで前方を歩いていたユリウスが振り返った。
口をはくはくと動かしていたが、結局何も言わずにまた前を向く。両耳が真っ赤に染まっていた。
そうなの⁉︎
そういえばそんな事件もあったと、フロルも赤面した。思い返すとものすごく恥ずかしくなって来る。
でもそれは、自分が男性の裸に全く免疫がないからであって、ユリウスはそんなわけないでしょう!と思う。
ジゼル様と恋人同士だったというのは誤解だったようだが、これほどのイケメンに男女交際の経験がないはずがない。
なのに恥ずかしい、とかそんなわけがないでしょう。
アレクの冗談だよね。
でも、お願いだからこんな空気の悪くなるような冗談はやめて。とフロルは肩を落として思った。
フロルは井戸の側で顔を洗い、自分の部屋(ユリウスの私室の屋根裏部屋)で服を着替えた。
上等な生地のドレスだし、マクシミリアンに返さないとならないだろう。
綺麗にたたんで、とりあえずベッドの側のローテーブルの上に置いておく。それから、ユリウスの用事を聞く為フロルは下に降りた。
ユリウスは机の側で、置かれていた書類に目を通していた。
「あの、お茶でも淹れましょうか?」
フロルは勇気を振り絞って、いまだ怒りのオーラを発しているユリウスに声をかけた。
「いらん。」
「・・そうですか。」
「・・・・。」
「あの・・夜会会場で、何も食べておられなかったですよね。厨房に行って何か食べられる物がないか聞いて来ます!」
「私はいらない。おまえだけ食べて来い。」
「いえ、そんな。」
フロルがまごまごしていると
「今でも、夢に見る事がある。」
ぽつっとユリウスが言った。
「・・え?」
「あの日の事だ。」
フロルは聞き返さなかった。聞き返さなくてもわかったからだ。
「アレクは自分の事を臆病だと言っていたが、そう言えるアレクは勇敢だ。私はいまだにあの日の事を言葉にできない。それを語るのにつまらない誇りが邪魔をする。私は弱い人間だ。」
「そんな事ないです!」
とフロルは叫んだ。
「レーステーゼ様は立派です!他の隊員の皆様と同じように立派です。」
新緑騎士団事件の騎士達は超人などではない。血の通った普通の人達だったのだと思った。
まだ見習いの見習いをしていた頃、彼らの事を『普通以下の人達だった』と思ってしまった事を今更ながらフロルは恥じた。(※第三章の見習い生活九日目・1の事です)
彼らは普通の人達だった。普通に立派だった。弱さも持っていた。怯える彼らに寄り添って励ましてあげたかったと今更ながら思った。
でも『あの日』には帰れない。だからこそ、これから少しでも支えられるものなら支えていきたかった。
ユリウスは少し困ったような表情で微笑んだ。怒りの波動がいつの間にか消えていた。
「名前の方で呼んでくれ。自分の家名があまり好きではないんだ。それにアレクやマクスの事を名前で呼んでいるのに私の事を名字で呼ぶのは変だろう。君は第一隊の人間なのだから。」
「はい。わかりました。ユリウス様。」
彼を名前で呼ぶのは何となく照れた。
フロルは少し頬を染めながらその名を呼んだ。
翌日。
雪もやみ、冬晴れの少し暖かい一日になった。
フロルは井戸の側で洗濯をしていた。指の火傷はほとんど治っているが、まだ少し赤くズキズキする。そういうわけで、フロルは洗濯物を足で踏んで洗っていた。
そんなフロルの側をユリウスが通った。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
と答えて通り過ぎた後、すごい勢いでUターンして来た。
「フロル!」
「は、はい。何でしょう?」
「何をしているんだ、おまえは⁉︎」
てっきり、洗濯物を足で踏んでいる事をお怒りなのだと思った。しかし、違った。
「お・・男の下着など洗わなくてもいい!」
「・・・・。」
この人は世の洗濯人の9割が女だという事を知らないのだろうか?
とフロルは疑問に思った。
「ユリウス隊長。変な事を言うのはやめてください。そういう事を言われたら、私が実は女だという事がバレるではありませんか。」
声をひそめてフロルは言った。
「しかしだな!」
「私は全然気になりませんから。」
「私が気になるんだ!」
フロルとユリウスがやいのやいの言っていると、通りかかったアレクに
「何してんの、おまえら?」
と聞かれた。
三人に吹きつける風は昨日よりも暖かい。
王都に春が近づいて来ていた。
第四章終了です
読んでくださる皆様に心より感謝します
第四章であっさり女の子だという事がバレてしまったフロルですが、この物語は『女の子だという事がバレそうでドキドキ』とか周囲がドキドキ、という話ではなく『伯爵夫人であるという事がバレないようドキドキ』バレたら人間関係終了、という物語なんです
次章からは本格的に兄弟探しが始まります
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どうかよろしくお願いします(^∇^)




