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葬式

結婚式の翌日が葬式だった。


関係者にとっては忙しい話だが、遠方から来ている客にとっては、出直してくる必要がないという利点がある。

街中が偉大な領主の死に悲しみに沈んでいたが、実際のところゆっくりメソメソできるのは中途半端な知り合いで、ごく近しい知り合いに泣いているヒマはなかった。寝ているヒマさえない。

だから葬式の最中にうたた寝をしていたとしても、許して欲しいものである。


三日がたち、来客の第一波が去ると新たな問題が起きてくる。

香典返しとか、こういう時は恩赦をしなくてはならないとか、人が増えると置き引きやかっぱらいが増えるとかそういう事である。


そうこうするうちに、来客の第二波がやってきた。


遠い街から、伯爵の死を聞いた人々がやって来て、涙ながらにお悔やみの言葉を言っていく。そんな人々の表情には、結婚式の当日に夫に死なれた花嫁の顔をじっくり見てやろうと好奇心があふれていて、それが嫌でフロルはわざと厚く長いベールで顔を隠していた。


そんな中王都から、珍しい人達がやってきた。新緑騎士団員が4人、グリューネバルトまでやってきたのである。


次々とやってくる客達にすっかり嫌気がさしていたフロルだが、新緑騎士団には興味がわいた。正面から権力にたてついた勇気ある若者達である。グリューネバルト領では、ケルト神話や北欧神話の英雄達より熱く語られる存在だった。


その時フロルは天地開闢以来この世に存在する法則を忘れていた。


何事も、世の中期待しすぎてはならないのである。


たいして期待をしていなかったらそれほど気にならない事でも、期待しすぎるとガッカリする。

それにしてもこの場合は、特に期待よりもひどかった。

現れた4人の若者は、おっそろしく小汚かったのである。


王都からグリューネバルトまで、馬でとばして三日かかると言われている。その三日の間、この4人は一度でも風呂に入ったのだろうか⁉︎

葬式の日には快晴だった空も昨日から秋の冷たい雨に変わり、噂では純白と言われている、オリーブの葉の柄が刺繍された騎士団のマントは、どぶネズミ色に変わっている。顔にも髪にも雨水と泥がこびりつき、髪の色が本来何色だったのかもわかりゃしない。


「この度はまことに、ありえないような事態に心からのお悔やみを・・・。」

「・・・。」


全くである。


こんな状況誰が想像したであろうか!


結婚式当日に他の女に殺される新郎なんて、ドロッドロの恋愛詩かコメディーな大衆演劇にしか出てこないと思っていたよ。人事だったら笑えるが、自分の事となると情けないやら恥ずかしいやら、返す言葉もありゃしない。

今まで百万回くらい言ってきた『お悔やみを言われた時の正しい御返事』を言う気になれず、フロルは不機嫌に黙りこんだ。


「伯爵夫人の深いお悲しみ、心中深くご察し申し上げます。」


嘘をつけ!

おまえら何も察してないだろ。

フロルは、これっぽっちも悲しくなんかなかった。本当に察しているというなら、1秒でも早くここを出ていってほしいもんだ。疲れているから一人になって、手足伸ばして寝たいんだよ!

良識ある社会人としては、初対面の人間にそう叫ぶわけにもいかないので、フロルは「・・・はあ。」とだけ返しておいた。


その後お互い何も言わなかったので、長い沈黙が続いた。


フロルの前でひざまずいている若者達の肩が激しく震えている。笑っているのだろうかと思ったが、よく見たら泣いているのである。

フロルはドン引きした。

演劇で泣ける話を見ていても、隣で激しく泣かれたら気持ちが引いていくのが人間の心理という物である。今まで会った弔問客にも涙ぐんでいる人はいたけれど、ここまで激しく泣き崩れている人は初めて見た。この勢いで泣いていりゃ、絶対鼻水も出ているんだろうなあ。ティッシュでも用意してやるべきかな。


ウィンクラー夫人がフロルに目で合図を送ってきていたが、フロルはあえてそれを無視した。仕方なくウィンクラー夫人が4人に声をかける。

「心のこもった皆様のお言葉、私共一同感涙にたえませんわ。そのお気持ちしかと承りました。皆様も雨に濡れながらの長旅、さぞお疲れとお見受けします。お湯とお部屋を用意しますので、どうかゆっくり疲れをお落としになってくださいませ。」

そう言って侍女達に合図を送り、4人を外へ出させる。

「フロル様もお疲れのようですわね。部屋で一休みなさいますか?」

「うん。」

そうしてようやくフロルは休憩をもらえたのである。


自室へ戻ったフロルは「あー、よっこいしょ。」と言いながら椅子に座り込んだ。ウィンクラー夫人が顔をしかめる。


「フロル様。立ち上がる時ならともかく、座る時に『よっこいしょ』なんておやめください。年寄りみたいですよ。」

「・・・。」

「だいたい先刻のあの態度は何ですか。財産狙い丸わかりの脂ぎった中年のヒヒ親父ならともかく、王都からはるばる冷たい雨にうたれつつやってきたイケメンの若い男なのですよ。もう少し抑揚のあるお返事をしてあげたってバチが当たるわけじゃないでしょう。」

「私はね。ブ男ならば耐えられるけれど、不潔な男は耐えられないんです!だいたいあれは何ですか‼︎男のくせに人前でメソメソメソメソ泣いちゃって。副交感神経の異常じゃないの。病院に行く事をおすすめするわ。何が『ありえないような事態』よ。失礼な男達!」

「『ありえないような』と言ったのは、人生で最も喜ばしいはずの日に急逝した事を言っているのであって、女に突き飛ばされた事を馬鹿にしているわけではありませんよ。」

「されたって平気です。だって私が馬鹿にしているんだもの。結婚前に、いろんな女性関係があったにしても、普通結婚式の前には整理しとくもんじゃないですか!それを、まあ、あんな。」

「何か誤解されているようですが、あの女は伯爵様の恋人でも愛人でも、一回弄んで捨てた遊び相手でもありませんよ。ただのストーカーです。」


「ストーカー?」

「はい。元々は、伯爵様の母君が伯爵様と結婚させたいと連れてきた女性なのですが、伯爵様は、はっきりとお断りになりました。それなのにお母上の威光をかさにきて伯爵様に付きまとい、伯爵様も私共もほとほと困り果てていたのです。お母上が亡くなられた後、実家へ戻るよう何度も伯爵様もおっしゃられたのですが、いつまでもこの街に居座った挙句にあんな・・。」

「彼女、今どうしてるんですか?」

ふとフロルは気になって聞いてみた。


「あれ、言ってませんでしたか。死にましたよ。」

「死んだ?」

「ええ。あの騒ぎの後、一室に閉じ込めていたのですが、その後に毒を飲んで。」

「自殺ですか?」

「そういう事になりましたけど。」

ウィンクラー夫人は声をひそめ、フロルの耳に顔を近づけた。


「私、殺されたのではと疑っております。」

「どういう事ですか?」

「あの女は、伯爵様に近づけぬよう皆細心の注意を払っておりました。それなのにあの女は大聖堂のの中に侵入してきたのです。つまり、誰か手引きした者がいるのですわ。その者が、口を封じる為にあの女を殺したのではないかと。」

そう言ってウィンクラー夫人は、フロルの肩をつかんだ。


「ですから、お気をつけてくださいませフロル様。何者かがフロル様の命を狙っているのです。おそらく、フロル様が相続する財産を狙って。」

「その事なら、心配無用です。私、財産なんかいりませんから。もう、今日にでも帰らせてもらいますから。」

「帰るって、どこにですか?」

「家へ・・・と言っても、もう家もありませんけれど。とにかく出て行きます。結婚もお流れになった事だし。」

「何を言っているんです。結婚は、もう成立しています。」

「はっ・・・?」

「もう既にフロル様は、神のみ前で誓約を交わし、誓約証に署名もなさったでしょう。フロル様はグリューネバルト伯爵様の妻なのです。」

フロルは呆然とした。そんな馬鹿な・・。

「でも・・・。」

「でもも、くらしーもありません。伯爵様亡き今、この城も、領地も、海も、領民も、全てがフロル様の物なのです。」


フロルは目眩がした。とんでもない事実が現実となって目の前わずかまで迫って来る。言葉が出てこなかった。

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