絡まる想い
夜になった。
フロルはクッキー缶を手にしたまま団舎内をうろうろ歩いていた。
薪置き場では、アレクが在庫の確認作業をしていた。「あのー」と、フロルはアレクに声をかけた。
「どうしたんだ、フロル?」
「今日はいろいろお騒がせしました。もし良かったら、これ事務隊の人達と一緒に食べてください。今日のお詫びです。」
本当はウィンクラー夫人は第一隊の人達に渡す為にクッキーを用意してくれたのだが。けれど、とてもではないが今の状態のユリウスには渡せなかった。ユリウスもきっと受け取ってはくれないだろう。
「詫びをいれられる事なんて別に何もないけどな。というか、詫びとか礼とかいうなら私ではなくてむしろマクスにだろう。」
「あー、まぁ、ええ、そうですね。というか、あの方は私の為にリーリアを殴ってくれたのですよね。」
「おまえというより、リーリア嬢の為だろうけどな。」
あの時、あのタイミングでマクシミリアンがリーリアをぶたなかったら、100%ユリウスがリーリアに新緑騎士団団舎内の出入り禁止を告げた事だろう。連絡役のリーリアが団舎内を出禁にされたらフロルは正直困ってしまう。
それに、そうなるに至った経緯をフロルにベタ甘なウィンクラー夫人が知ったら、グリューネバルト家と新緑騎士団の仲に亀裂が入ってしまう。それこそ、兄弟探しなどどうでも良いから戻って来なさいと言われかねない。
そのうえで、あの人は『大きな声ではとても言えない』報復をしかねないのだ。
だけど、マクシミリアンの機転でリーリアは出禁を免れた。その代わりリーリアの中でのマクシミリアンの好感度は大暴落した事だろう。
まさに可愛さ余って憎さ100倍。なんで、今回の件と一切無関係なマクシミリアンにぶたれないとならないんだ!と今頃怒りに燃えているに違いない。
マクシミリアンに申し訳なさ過ぎる。
「ツヴァイク様は良い方ですね。」
「あいつは、私が知っている人間の中で一番の人格者だよ。私に妹がいたら、あいつと結婚させたいと思ったろうね。」
「妹はいないのですか?」
「私は一人っ子さ。」
「そうなのですか。」
「マクスみたいなお人好し、そうそういないぞ。恋敵の為にわざわざ自分が悪者になってやるなんてな。」
「恋敵って私の事ですか?私、ローザの事なんかどうとも思っていませんよ。」
「マクスが好きなのはリーリア嬢だよ。」
フロルは首を傾げた。
「だったら、どうしてツヴァイク様はローザを騎士団のデイムに推薦したんですか?」
「騎士団に入る前におまえにも説明しただろう。デイムは騎士団の象徴だ。騎士団員皆でお守りする相手だから、特定の人間と特別に親しくなってはいけない。ようするに、騎士とデイムは恋愛関係になってはならない。それはデイムを引退した後でもだ。つまり、デイムは騎士団の騎士とは恋愛も結婚もできないんだ。」
「はあ。」
「リーリア嬢をオトフリートさんがデイムに推薦した。という話を聞いてマクスは慌てていたよ。あの美貌と正義感、更にグリューネバルト伯爵夫人の御友人という立場だ。彼女がデイムに選ばれる可能性は極めて高い。だけどリーリア嬢がデイムに選ばれたら、自分は彼女と結婚できなくなってしまう。それで急いで対抗馬になる女性を探したんだ。ローザ嬢は、性格は難ありな人だが、顔の皮はなかなかなものだからな。」
「え?結婚って・・ツヴァイク様はそこまでリーリアに惚れ込んでいるんですか⁉︎」
「そんな驚く事か?」
「だって、王都にはもっと美人でもっとスタイル良くてもっと魅力的な女の子いっぱいいるでしょう?それともあの人、女性にすぐ惚れ込んですぐプロポーズするタイプなんですか?」
「さっき私はマクスの事を、私が知っている人間の中で一番の人格者だと言っただろうが。リーリア嬢だって素晴らしい女性だと思うぞ。おまえもそう思っているから彼女と親しくしているのだろう?」
「へ!あ、ええ、まあ。」
「マクスに遠慮して別れろ、なんて言う気はないから、せめてマクスの前でイチャつくのはやめてやれ。」
フロルは、ぽかーんとしてしまった。
自分は結婚しているのだからこんな事を言うのも変な話だが、自分やリーリアは恋愛とか結婚とかとは無縁の存在だと思っていたのだ。
こんな、裏で策略を巡らすほどリーリアに惚れ込んでいる男性が、それもすごいイケメンがいるなんて信じられない。教えてくれた相手がアレクでなければ、絶対に結婚詐欺だと思っただろう。
「で・・でも、レーステーゼ隊長は、デイムだったジゼル様と恋人同士だったんですよね。」
「誰がそんな事言ったんだ?」
「私がお使いに行った日、ローザがみんなの前でそう言ったじゃないですか。アレク様だって聞いてたでしょう?」
「おまえ、なんでそういう時だけあの嘘つき女の言う事を信じるんだ?嘘に決まっているだろうが。」
「そうなんですか?」
「二人は従兄弟同士だし、ジゼル様がデイムになる前の事は知らねえよ。だけどたとえそうだったのだとしても、ジゼル様がデイムになった時点で関係は清算しているだろう。あの二人はそういう人間だ。ローザ嬢の発言は単なる妄想だよ。」
「・・そうなんですか。」
なんだかフロルは頭がぐるぐると混乱してしまった。何が本当で誰が嘘つきで、誰が誰を愛していているのか、人物相関図がわからない。
とにかく、今はユリウスとジゼルの話は脇に置こう。マクシミリアンとフェリックス家の姉妹の事だけ考えてみよう。
マクシミリアンが結婚したいくらい好きなのは妹のリーリアで、ローザの事はどうでもいいと思っていて、でもリーリアはマクシミリアンの事を嫌っていて、世間の人々はリーリアと私を恋人だと思っている。
うおおおお!何故、こんなに人間関係が絡まってしまったのか⁉︎
自分の事なのに、どうすれば良いのか、どこから何を解決したら良いのかさっぱりわからない!
とにかく私とリーリアは恋人でも何でもない。という事をみんなに信じてもらわなくては。少なくともマクシミリアンにだけは信じてもらわなくては!
「ちょっと、ツヴァイク様と話して来ます!」
「おい。おまえは口を挟まない方が・・・。」
アレクの言葉を無視し、フロルはクッキー缶を持って走り出した。
マクシミリアンはすぐに見つかった。談話室を覗いてみたら、ヴェルギールと話をしていたのだ。マクシミリアンは絶望的な表情で項垂れており、側でヴェルギールが苦笑いしている。
「あの、ツヴァイク様。」
フロルの呼びかけに
「よ、フロル。」
と返事をしたのはヴェルギールだった。
「あ・・の。どうなさったのですか?」
「ははは、気にすんな。マクスの実家から手紙が届いて、ちょっと絶望しているだけだから。」
それ、大丈夫とは言わないでしょう。とフロルは思う。
「あの、いったい何が?あ!いえ、プライバシーを詮索するつもりはないのですが、もしも私に何かお力になれる事があれば。」
「・・本当、フロル君。」
マクシミリアンはのろのろと顔をあげた。
「はい!できる事は何でもさせて頂きます。」
そんな言葉がポンと出てくるくらい、今のフロルはマクシミリアンに感謝していた。
「なら、フロル君。ちょっと女装してくれる。」
・・この人、今何て言った?




