どうでもいいから
とりあえず頼まれた洗濯を終わらせる為、フロルは後方事務隊の詰所に石鹸を貰いに行く事にした。
第一隊副隊長のウィリバルトの優しさが嬉しくて、フロルは無意識のうちに鼻歌を歌っていた。それにしても、さっきのローザの顔!
思い出すだけで笑いが込み上げてくる。
しかし、口を一文字に結んで、間違っても冗談など言いそうにない感じのウィリバルトがああいう冗談を言ったのに驚いた。人間って見た目じゃわからないものだなあ。
「とっとっと。」
フロルは慌てて物陰に隠れた。進行方向にローザがいたのだ。
ローザは誰かと話をしている。あの後ろ姿はたぶんヴェルギールだ。
「・・・なのよ!つくづくフロルの図々しさにはあきれてしまうわ。ユリウスもユリウスよね。自分は全然気にしなくても、部下の中には気にする人もいるでしょうに。本当に無神経なんだから!」
どうやら、さっきの話をまた繰り返しているらしい。
ウィリバルトに無視されたのが許せなくて、共感してくれる人が現れるまで話し続けるつもりでいるのだろう。
ヴェルギールは天を仰いでげらげら笑っていた。
「あのどんくささじゃ、伯爵様の真横に居たってなーんの役にも立ちゃしねーよ。ま、フロルに怪我が無くて良かったじゃん。自分のせいで周囲の人間が怪我したとか死んだなんて事になったら、伯爵様は自分が死ぬより辛い思いをされたと思うよ。」
「信じられない!私伯爵様が亡くなったと聞いた時はものすごく悲しくて、胸が張り裂けそうだったし、伯爵様を守れなかった周囲の人達が憎いと思ったわ。きっと、あなたもそう思ってくれると思ったのに、あなたって酷薄な人なのね!」
「俺が憎いと思っているのは、伯爵様を殺した犯人だけだよ。他の人間が、その時周りで何をしていたかとかは別に興味ないね。」
「ふーん。あなたって他人にあまり関心の無い人なのね。」
「そんな事ないよ。俺は噂話とか、人のプライバシーとか大好きさ。っていうか、俺の頭の中は、この前君がマクスと出かけたあの日にさ、フロルが言ってたフリッツって男は何者だろうって疑問でいっぱいだよ。ねえ、いったいどういう奴なの?もしかして恋人?」
「知らない男よ!あいつの言う事なんか間に受けないで。あんな思わせぶりな口調で、平気で人を陥れるような事を言う奴なのよ。あいつは!」
「ちっちっち。だめだめー。ディムは人を『あいつ』呼ばわりなんてしちゃあ。お上品にねっ。」
そう言って笑うヴェルギールの顔を、邪悪な微笑みを浮かべてローザは見返した。
「あんたとマクスって友達なのよね。」
「おうっ。俺とアイツは親友よ。」
「私、マクスに言ってみようかしら。あなたに虐められたって。涙を流しながら。」
「言えば。」
けろっとした顔でヴェルギールは言った。
「はっはっは。あいつがどういう反応をするか俺も興味あるわ。あきれるか、それともついに君にキレるか。」
「私を信じるに決まっているじゃない!」
「ないね。それはない。100%ないな。」
「自分にそんなにも信頼があると思っているの⁉︎」
「それは違うな。君が信頼されてないんだよ。そもそも君に関心がないんだ。田舎から出てきて、都会的な美男子に優しくされて舞い上がってしまったんだろうけど、君そろそろ現実を直視しないとさすがにイタいよ。このままじゃ、マクスの君を見る目があと数日でゴミを見る目に変わるよ。」
「そんな事あるわけないじゃない!男はみんな私に夢中になるの。マクスを取られそうだからって適当な事を言わないでちょうだい!彼が私をデイムに推挙してくれたのよ。」
「それこそが『君の事をどうでもいい』って思っている証拠じゃないか。」
「どういう事よ!」
「自分で考えなよ。使わないでいるから脳細胞が退化して、マクスが自分に夢中なんて幻覚が見えるようになるんだぜ。」
「覚えてらっしゃい!あんた、必ず後悔させてやるから!」
そう叫んでローザはきびすを返した。ヴェルギールは「ははは」とまだ笑っている。
たぶんローザはまた誰かを捕まえて何度でも同じ話を繰り返すのだろうけれど。
ここの人達なら大丈夫そうだ。ローザに騙されるような人はいないだろう。優しくてお人好しそうなヴェルギールでさえあの毒舌なのだから。
「都会の男って奥が深くて怖いな」と思った。でも、公正な目で見てくれる事は嬉しかった。
それと同時に疑問に思った。
デイムに推挙したのは『君の事をどうでもいい』と思っていたから。というのは、どういう意味なのだろう?
都会の男は謎も深いな。と思ってフロルはまた歩き出した。




