見習い生活十日目(8)
「やったあ!」と、一瞬その瞬間は落ち込んでいた事を忘れた。
フロルは服のポケットから折り畳んでいた紙を取り出した。先刻、クリステンの店に行った時一枚買っておいたのだ。
これに書き写そう。
と思って紙を広げていたら
「フロルー。いるのか?」
と、廊下の方から声がした。アレクの声だ。くはっ!と一瞬フロルの心臓が不正脈を起こしかける。慌てて紙をまたポケットにしまい、資料は他の羊皮紙の束の中に突っ込んだ。
「いるなら返事くらいしろよ。」
と言いつつ、アレクが資料室のドアから顔をのぞかせる。しかしフロルはまだ心臓がバクバクいって声が出て来なかった。
「・・・あ・・あ・・あの、カイト様。」
「んっ?」
「先程、レーステーゼ様がカイト様を探しに来られましたが。」
「ふうん。」
興味無さそうな声でアレクはそう言った。
「ついさっきの事なので、まだ近くにいらっしゃるかもしれません。」
そう言っているのに、アレクは資料室の中を見て回って出て行こうとしない。
「ま、用件はだいたいわかっているから。」
「そういえば、第三隊の隊長のエルマーリッヒ様が羊皮紙を一枚持っていかれました。」
「そう。」
これがまた、生返事だ。いったい、どうしたのだ⁉︎このドケチ・・いや、几帳面な人が。
「それより、どうして床にレーズンが一粒落ちているんだろう?」
「すみません、犯人は私です!そ・・その。」
「誰かが菓子を持って来たわけか。ヴェル?それとも、マクス?」
「ヴェル・・あ、いえ、クローゼ様です。どうしてわかったんですか?」
「なんとなく。」
そう言ってから、アレクは軽く咳き込み目の前を手で払った。
「それにしても、本当に汚れているな、ここは。仕方ない。私も掃除するか。」
えっ!何て迷惑な。とフロルは思った。せっかく見つけた資料が、紙に書き写せないじゃないか。
とは、とても言う事はできない。
けれど、できたらユリウス様を探しに行って欲しいのだけど。私が、伝えてないかのように思われるではないか。
黙々と二人で掃除をするのも妙な感じなので
「あのー。」
とフロルはアレクに話しかけた。
「カイト様は大学都市のご出身なのですよね。」
「ああ。」
「どんな感じの街なんですか?」
「大学のいっぱいある街だよ。」
「・・・・。」
自分はいったい、どういう答えを期待していたのだろう?とフロルは自問自答した。なんか、すごくバカな質問をしてしまった。
「カイト様は子供の頃から、将来は王都へ出て来て騎士になりたいなあ、と思っていらっしゃったんですか?」
「いや、全然。」
とアレクは即答した。
「大学の多い街で育ったからな。将来は大学へ行きたいと思っていた。」
「じゃあ、どうして騎士になったんですか?」
「幼馴染にものすごく嫌な奴がいて、そいつが王都へ行って王室の近衞騎士になったんだ。」
「はあ。」
フロルは首をひねった。理由を説明してもらっているのに、全然理由が理解できない。
「嫌いな人が、故郷からいなくなったのなら万々歳じゃないですか?なんで王都まで追いかけて来るんですか?」
「たまに故郷に戻って来た時に、威張りちらすのがムカついたんだ。」
なるほど。なんとなく理解できた。つまりこの人は、ものすごーく負けず嫌いなんだな。しかし、そういう理由で騎士団に入る人もいるのだなあ。誰もが高尚な理念を掲げて騎士団に入るわけではないのだ。でも・・・。
「なら、どうして近衞騎士団に入らなかったんですか?」
「同じ所に入ったら、不愉快な気持ちになるだけじゃないか。」
「それもそうですねえ。」
「そのてん、ローザ殿がいるこの騎士団に、入って来たおまえは勇者だよ。」
「・・・・。」
「あれ。人の話し声がすると思ったらアレクか。」
突然声がして、マクシミリアンがドアから入って来た。
なんで、さっきから、次、次、次、次各隊の隊長がわざわここへ現れるんだ⁉︎
もしや女だという事がバレたのでは!と思ってフロルはドキッとした。もしかしたら、ローザがバラしたのかもしれない・・・。




