見習い生活十日目(7)
その日の午後は、見習いになって初めての自由行動という事だった。
昼寝をしても良し。
雪だるまを作っても良し。
馬に乗って団舎内を走り回っていても良し。
団舎の外へ出てはいけないらしいが、それ以外は何をしても良いらしい。
となったら、フロルのするべき事は唯一つ!
資料室の資料を引っかき回す事のみである。
退団した人達に関する資料がきっと資料室のどこかにあるはずだ。割とくだらない資料だってここにはけっこう残っているのだから、退団した人達が関係している重要書類が無いわけがない。
「何をしているの?」
と聞かれた時に
「掃除です。」
とごまかせるよう、フロルは羽ボウキとバケツと雑巾を持って資料室へこもった。ありがたい事に、資料室はホコリまみれ。羽ボウキさえ持っていれば人に疑われる事も無いだろう。
掃除をしながら棚の中の資料を確認していると突然
「おーい、フロル。」
と声がした。アレはおそらくヴェルギールの声である。
「はい。何でしょう?」
とフロルが答えると
「おー、頑張ってるな、掃除。いや、感心、感心。」
と言いつつ資料室へ入って来た。
手に布巾のかかった皿を持っている。
「ホコリまみれだから大変だろう。ほれ、お菓子を持って来たからちょっと休憩しな。」
そう言って布巾を取ると、皿の上にレーズンとバタークリームを挟んだクッキーがのっていた。しかし、フロルはヴェルギールに頭を下げた。
「ありがとうございます、クローゼ様。しかし、他にもたくさんの見習いの者がいる中で、私一人が特別扱いをして頂くわけには参りません。お気持ちだけ頂戴致します。」
「何言ってんの。他の奴にも配っているよ。」
そう言ってヴェルギールがにこっと笑う。
本当だろうか?何となく嘘のような気がした。しかし、仮にも第二隊の隊長を証拠も無く嘘つき呼ばわりはできない。
フロルはありがたく、クッキーを頂く事にした。
ヴェルギールは、クッキーを頬張るフロルの事をじっと見ている。
「フリッツって男は、ローザ嬢の別れた彼氏かい?」
突然そう言われ、フロルのアゴはぴたっと動きが止まってしまった。・・・結局、フロルは聞こえなかったふりをする事にした。
そうだよね。ちょっと勘の良い人なら気づくよね。さっきの私の態度、超怪しかったもの。
フロルは急に不安になった。
まさか、騎士団の名誉を守る為フリッツには消えてもらう。とかそんな馬鹿な事無いよね⁉︎
「フロルは掃除が好きなのか?」
ヴェルギールは話題を変えてきた。
「いえ、別に。」
最後の一口のクッキーを飲み込んでからフロルはそう言った。
「もしも全然掃除をしなくても家の中が汚れなかったら、たぶん掃除はしないと思います。」
「ああ。掃除が好きなわけじゃなくて綺麗好きなんだね。」
なるほど。と呟いてからヴェルギールは出て行った。
それから掃除・・ではなかった資料探しをする事五分。今度は違う隊の隊長が資料室へやって来た。
「掃除をしてくれているのかい。お疲れ様。」
砂色の髪に青い瞳の名前を知らないその隊長は、そう言ってにこにことフロルを見た。
「羊皮紙が一枚欲しいのだけど、未使用の羊皮紙がどこにあるか知ってるかな?」
「はい。こちらです。」
フロルは新品の羊皮紙が置いてある棚まで案内した。
「あの・・・。」
「ん?」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
羊皮紙の在庫数が合わないとアレクに怒られてしまう為「◯◯様が一枚持って行かれました。」と報告しておかないといけないのだ。
「テオドール・フォン・エルマーリッヒだよ。」
と青年は、答えてくれた。
「第何隊の方なのですか?」
「第三隊だよ。」
なるほど。とうなずくフロルにテオドールの方から話しかけて来た。
「少しフロル君に聞きたい事があるのだけど。」
またローザの事かな?と思ってフロルはドキッとした。
しかし、違った。
「フロル君は何歳だい?」
「17ですが。」
「ふーん。今までどういう生活をしていたの?」
「大学へ行っていました。」
「王都の?」
「いえ、グリューネバルト大学です。」
「へえ、グリューネバルト伯爵夫人と同じ大学かあ。じゃあ、伯爵夫人にお会いした事あるの?」
・・・どう答えたら良いだろう。フロルはしばし悩んだ。
「ええ、まあ。」
「どんな方?」
これがまた、答えにくい質問である。もしかしてローザが私が伯爵夫人だという事をしゃべったのだろうか?それで確認の為探りを入れられているとか?
「申し訳ありません。その質問にお答えできるほど詳しい事は知らないのです。いろいろな噂は私も耳にしていますが、確証の無い話を御本人のいらっしゃらない場所で不用意に話す事はできません。お許しください。」
テオドールはしばし無言だった。何かを考えるような表情で、一瞬目が泳ぐ。それから
「いや、いいよ。気にしないで。じゃあ。」
と言って、資料室を出て行った。
フロルはため息をついた。今の返事はちょっと失礼だったかもしれない。当たり障りのない適当な事を何か答えておけば良かった。「女性です」とかさ。
私ってダメだなあ。どっぷりと自己嫌悪にひたってしまう。
今日は何だか落ち込む事ばっかりだ。
ダメだ、ダメだ、落ち込んじゃ。こういう時こそ、今自分ができる事をしなければ。とにかく。今、自分にできる事は退団した人達の名簿を探す事だ。目標を持ってそれを追っている限りは、悲しい事も忘れている事ができる。
「頑張るぞー!」
と叫んで羽ボウキを振り回すと、羽ボウキに奇妙な圧力がかかった。羽ボウキを思いっきり人にぶつけたら、こんな感触が走るかもしれない。
・・・・・。
「すみません!」
と叫んでフロルは後ろを振り返った。後ろに立っていたのは、第一隊隊長ユリウス・フォン・レーステーゼだった。
「すみません、すみません、レーステーゼ様!」
ユリウスの彫刻のように秀麗な顔に、白い綿ボコリが大量についている。そのホコリを、長い指でユリウスは払っていた。
しかし、まあ、何というか。美男子はホコリまみれになっていてもやはり美しいものだ!
「すみません、ちょっと考え事をしていて。」
「・・・・。」
「それと、あの・・昨日は夕食をごちそうさまでした。」
「アレク、どこにいるか知ってる?」
「いえ、知りません。」
「・・・・。」
「・・すみません。お役に立てなくて。」
ユリウスはその後、かなり長い間黙っていた。
まるで他にも何か聞きたそうなそんな表情で。
しかし、結局何も言わずに、ふいっと資料室を出て行ってしまった。
フロルはまた落ち込んでしまった。四日後の騎士見習いの見習いの試験に落選し、そしてその後一生ユリウスに会わなかったら。永遠に自分のイメージは、小汚い羽ボウキをぶつけて来た奴。って事になるのだろうなあ。
落ち込みつつ資料を探し続け。ついにフロルは目的の物を探し出した。




