結婚式(1)
結婚式の日は良い天気だった。
朝も早くから花火があがり、大通りではただで食べ物や酒が振る舞われているそうな。どこからか知らないが、鼓笛隊の音が響き渡り、戦争でもする気かい!と言いたくなる。
限りなく良い天気と反比例して、フロルの機嫌は最悪だった。
自分が理想としていた結婚式となんて違うんだろう。
自分の理想の結婚式は、小さな式場で仲の良い友人達に祝福されながら、永遠の愛を誓い合う、というものだった。
だけど結婚式は派手で、一番の親友は側におらず、厳めしい顔をしたおっさん達に囲まれて、愛のない結婚をするのである。
この大量のおっさん達は、伯爵の親戚や家臣達なのだそうな。ウィンクラー夫人の夫もアイゼナッハ夫人の夫も、その集団の上座の方に座している。
というか。コルセットの締めすぎで本当の本当に胸が苦しいのだが・・・。
フロルは重い足どりで、大聖堂の中に入って行った。大きな祭壇の前に「太り過ぎだろ、あんた!」と言いたくなるほどよく太った司祭と伯爵様がいた。一週間ぶりの伯爵様との再会である。
伯爵様の白いヒゲを見ながら、何で、何で?何で!と、疑問が頭の中を駆け巡っていく。ついでに、疑問なのは司祭のこの体型。偏見がひどいと思われそうだけど、聖職者という人種は清く貧しくな存在であってほしい。なのに俗世の欲望にどっぷり浸かっているな。正直、司祭様より伯爵様の方が一万倍くらい神々しいよ。
と、くだらない事を考えていたら。
「・・・ますか?」
「・・・。」
「誓いますか!」
司祭が自分に何か言っているのに気がついた。何の事かわからず、目をパチパチさせていると、怒ったような声で司祭が繰り返す。
「汝、エセルハルト・コルネリウス・フォン・グリューネバルトを夫とし、病める時も健やかなる時も愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」
「誓います。」
ついポロッと勢いに負けて言ってしまった。
まずい!そう言ってしまったら取り返しがつかない。本当の本当に結婚する事になってしまう。
「では誓いのキスを。」
そう言われてフロルはますます真っ白になった。
フロルは今まで一度も男の人とお付き合いというものをした事がない。だからキスをした事も一度もない。
それなのにファーストキスを今ここで!おっさん達がじーっと見ているその前で‼︎
心の中でわたわたしているフロルのベールを伯爵様はそっとめくり『あっ!』と思う間もなく、フロルの額にキスをした。
司祭が変な顔をしたが、伯爵様はにっこりと微笑み返される。
フロルはそっと額を押さえた。そこから温かさが伝わってくる。フロルが困っているのを見て伯爵様は額にキスされたんだろう。
優しい方だ。とても優しい方なのだ。
そうだ。この方は郷土の偉人ではないか。新緑騎士団事件の英雄ではないか。あの事件を知った時フロルは心から伯爵の事を尊敬した。
そんな立派な方と結婚できるのだ。自分は選ばれたのだ。ならば喜ばなくては。
「では、結婚証書にサインを。」
司祭がそう言って証書を差し出す。まず先に伯爵がサインをし、次にフロルがサインをした。
「綺麗な字だね。」
自分でも一番自信を持っている事を伯爵様が褒めてくださった事を、フロルは嬉しく思った。
いい妻になろう。この人と幸せになろう。そう強く思う。
この時フロルは、この言葉が伯爵とフロルの最後の会話になる事を知らなかった。