見習い生活十日目(5)
「あれ?知り合いだったんだ。」
とヴェルギールが言った。どうしよう?この前の時と違って誤魔化すことは無理そうだ。
フロルは開き直る事にした。
「いやあ、ローザさん。お久しぶりです。何ヶ月ぶりかなあ。こんな所で会えるなんて驚きですね。」
そう言ってフロルは、わっはっは、と笑った。しかし背中には冷たい汗が流れている。こんなに今日は寒いのに。
「ローザさん、新緑騎士団のデイムになられたんですってね。いや、凄いなあ。さすがローザさんです。あんなど田舎のグリューネバルトから、ローザさんのような方が出るなんて同じグリューネバルトの出身として凄く嬉しいです。ローザさんは郷土の誇りです。感動です!
そうそう、郷土の誇りと言えば、私さっき凄く懐かしい人に会ったんですよ。フリッツさんです。ほら、グリューネバルトで神童と誉れも高かった。彼ね。今大学の薬学部に通っているんですって。すっごく綺麗な恋人もいて。カッコよかったなあ。覚えているでしょう?フリッツさんの事。向こうだってローザさんの事、忘れてないと思うなあ。ほら、ローザさんは評判の美女だったんだから。でも嬉しいですねえ。同郷の人達が王都で名を挙げていてくれるって。なんか、こう。ほら、世界は狭いですねえ。」
ノンブレスでまくしたてたので、フロルはすっかり息が上がってしまった。
ローザが忌々しげにフロルを睨みつける。
フリッツの事。ローザは絶対忘れてはいないだろう。だってフリッツはローザの恋人だったのだから。
いや。恋人だった。という表現はおかしい。恋人の一人だったのだ。コレクターが自分の好きな物を集めるように、男にモテる事が大好きだったローザはいろんな男どもを『恋人』としてコレクションしていたのだ。
顔が良い男。金を持っている男。身分の高い男。そして、内心自分がライバル視していた女が好いていた男。
フリッツもその一人だった。たぶん、街中で評判になるほど頭が良いところが気に入っていたのだろう。
でもローザにとってフリッツは遊びでしかなかった。ローザは最終的には身分が高くて金を持っている男と結婚したいと思っていたからだ。
自分以外にも掃いて捨てるほど恋人がローザにいる事も気づかず、ローザに夢中になっていたフリッツを
「アイツ、馬鹿だよねー。」
とリーリアはいつも馬鹿にしていた。確かに、お勉強ができる人が賢いってわけではないのだなあ、とフロルもいつも思っていた。
そして。
ある日、リーリアとフリッツは大げんかをした。
フリッツがリーリアに
「いくらローザが君なんかとは比べ物にもならない素晴らしい女性だからって、彼女を妬んで悪口を吹聴するなんて、君は最低な人間だな。
もしも、人に注目されたい、愛されたい、と思っているなら、根も葉も無い中傷をしてまわるよりその腐り切った性格をまず治したらどうだ!」
と言ったそうだ。
リーリアは怒った。
その日、両親が留守でローザが恋人の一人を寝室に連れ込んでいる事をリーリアは知っていた。
リーリアは言葉巧みにフリッツを自宅に誘い
「姉さーん。フリッツが姉さんに会いに来たわよ。」
と言ってフリッツをローザの寝室にご案内した。
その後に起きた出来事を思い返すたび、フロルの心は重くなる。
開き直って、フリッツを口汚く罵ったローザ。「バーカ、バーカ」と鸚鵡のように30回くらい連呼したリーリア。
そしてフリッツはその夜。真冬の海に飛び込み自殺を図ったのである。
たまたま、物好きにも冬の海に夜釣りに来ていた釣り人がいてフリッツを救出し、フリッツの命は助かった。
そんなフリッツの事を街の人達は笑い物にした。
『あんな女に騙されて入水って、馬鹿だねー、あいつ』
『ああいう女って事はわかってたんだろう。それともわかってなかったのかな?これだから、お勉強しかしてこなかった奴はよぉ。』
『どうせなら確実に死ねってんだよ。自殺するフリでもしたら、あの女が自分のモノになるとでも思ったのかね。あの、あばずれがそんなタマかよ』
『まあ、これも人生勉強さ。机にかじりついてお勉強しててもこーゆー事がわかっていないんじゃ、世の中じゃ通用しないからね』
フリッツは一ヶ月間肺炎を患い、完治した後グリューネバルトを出て行った。どこへ行ったのかフロルは知らなかった。今日初めて知ったのである。
故郷グリューネバルトでは超有名な話だが、王都の人達は知らないだろう。勿論、新緑騎士団員も知らないだろうし、ローザとしては絶対に騎士団の人達には知られたくないはずだ。
何故かというと、騎士団のデイムの絶対条件は『処女』なのだから!
もしも私がグリューネバルト伯爵夫人だという事をバラしたら、こっちだってあんたの過去をバラしてやる。
フロルは暗にそう言ったのだのである。
「・・・あなた、ここで何をしているの?」
男性諸君と話をしている時と違って、ものすごくドスの効いた声でローザは聞いて来た。
「えっ?私ですか。私はこの騎士団が新緑で見習いだからつまりその、やはり男子たるもの大切な人を守れるような強い男にならなくてはどうかそうか・・・。」
焦っているので、文法がめちゃくちゃである。
そんなフロルをローザは鼻で笑った。
「そうね。あなたは目の前でグリューネバルト伯爵が女に殺されるのを、指をくわえて見ていたマヌケだしね。」
フロル、残機数激減です。




