見習い生活十日目(4)
どうしよう。
通る為に
「ちょっと失礼します。」
などと言ったら逆に注目を浴びてしまう。
不機嫌そうなユリウスに、ローザはにっこりと微笑んだ。
「そんなに怒らないで。今日はとても寒いでしょう。私が家にストールを取りに帰るのに、マクシミリアンはついて来てくれたのよ。マクシミリアンの事を怒らないであげて。」
鼻詰まってんの?と、聞きたくなるようなトーンの声で、ローザはユリウスにそう言った。99%の男を悩殺し、100%の確率で女の不快指数を上昇させる甘ーい声だ。
おや?と思ったのは、どうやらユリウスがその中の1%にあたる男であったらしい事だ。
「随分と時間がかかったようですが、引越しでもされたのですか?あなたの家は第二地区のはずでしょう。あなたより後に第四地区へ出かけたミゼルは、もう戻って来ていますよ。」
きゃーーー!
とフロルは叫びたかった。
こんなところで、苗字を言わないで!
しかし、ローザは嫌味を言われた事の方が気になったらしく、フロルの苗字の事はスルーしてくれた。ローザは眼光鋭くユリウスを見返した。嫌味を言われてそれを聞き流すなんて事ローザの人生ではあり得ないのだ。
「ふふん」という擬音がピッタリの表情でローザはユリウスに微笑みかけた。
「怖いわ、レーステーゼ様ったら。レーステーゼ様は先代のデイムであられたジゼル様と恋人同士だったそうだから、次にデイムになった私の事が気に食わないのでしょうけれど、でもジゼル様が結婚するからって八つ当たりのような真似はやめてもらえませんこと。」
・・・えっ?
フロルは耳が点になった。そりゃあ、ジゼル様は20歳。ユリウスは18歳。そうであっても、おかしくはないけれど。
と、考えている場合ではない!
ローザの発言でその場の空気がはっきりと殺気だったのだ。
特にユリウスの周りの空気が。
当然である。こんな事を言われたら誰だって怒るだろう。怖い・・・。ユリウスの怒りのオーラがまじ怖い。
「遅くなってしまって本当にすまなかった。謝るよ。見習いの見習い達の選抜の話だったんだよね。」
マクシミリアンが慌ててそう言うと、ローザが
「マクシミリアンが謝る事ないわ。マクシミリアンは、重い荷物が運べなくて困っていた私のお母様の手伝いをしてくれていたのだもの。嫌味を言って来るより前に理由くらい聞いて欲しいものだわ。」
と言って鼻で笑った。
寒い。
空気が寒過ぎる。
今日は確かに冷えるけど、今の体感温度は10分前に比べて5度は下がっている。そんな気がする。それくらい寒い。
ユリウスが口を開こうとした瞬間。絶妙のタイミングでヴェルギールが口を開いた。
「ユーリ、そこどいてやれ。フロルが通りたいのに通れなくて困っている。」
その瞬間。
その場にいた全員の視線がフロルに集中してしまった。勿論、ローザの視線も。
「あんた!」
ローザの目が、くわっ!という感じで見開いた。
やばい。とんでもなくやばい。つい五分前。絶対に自分がグリューネバルト伯爵夫人である事がバレてはいけないと思っていたのに、今自分は絶体絶命の危機にある。
フロル、絶体絶命です。




