見習い生活九日目(1)
フロルが、新緑騎士団の見習いの見習いになって九日目。
ついに恐れていた時がやって来た。剣の実技訓練をさせられる事になったのだ。
やだなあ。と思いつつ。中庭にある演習場へフロルは向かった。
演習場の周囲には、十重二十重に人垣が出来ている。もしかしてこの人数。正騎士全員、集合しているのではあるまいか?
本日指示を出すのは、団長自らのようらしく、騎士団長が中庭の真ん中に立っている。
「では、二人ずつ前へ。」
そう言った後団長は、一人の少年とフロルの名を呼んだのである。
なぜ、一番最初に⁉︎
とフロルは暗い気持ちになった。後の方が良かったなあ。年齢順なのかなあ。
フロルは中庭の真ん中に移動した。
「頑張れよ、フロル!」
と、何故か人垣から声援が飛ぶ。どうやら発言者は後方事務隊の人っぽい。
フロルが応援されて、相手の少年はむっ!ときたようだ。
私のせいじゃないんだけど。と思いつつ、とりあえず団長に渡された練習用の刃の無い剣を構える。
しかし。
フロルは今まで一度も剣を握った事がないのだ。ついでに言うと、殴り合いのケンカさえした事がないのだ。
どれだけ応援されたところで、勝てるわけがなかった。
勝負は一瞬でついた。たった一回剣を交わしただけで、剣はフロルの手からくるくるくると吹っ飛んで行った。
相手の少年は足を振り上げ、フロルの脇腹を蹴りつけた。あまりの痛みに、一瞬呼吸が止まる。少年は更にフロルの肩を蹴ったので、フロルは真横にひっくりこけてしまった。
「大丈夫か⁉︎」
と言いつつ誰かが駆け寄って来た。第二隊隊長のヴェルギール・クローゼだった。
こけた時に打った頭がじんじんする。そんなフロルの視界の先で対戦していた少年が、誇らしげに両手を掲げている。これ以上攻撃されたらたまったものではない。フロルは
「参りました。」
と言って頭を下げた。
「コブが出来てる。冷やした方がいい。」
そう言ってヴェルギールが、腕をとり立ち上がらせてくれた。
「医務室へ行って来ます。」
ヴェルギールは団長にそう言い、フロルを連れてその場を離れた。
「大丈夫か?」
「吐き気とかしないか?」
と皆が優しく声をかけてくれるのが逆にいたたまれない。
一応騎士見習いのタマゴなのにあまりにもみっともなかった。
別に騎士になりたいわけではないのだから、負けたところでどうという事はないけれど、それでもやっぱり恥ずかしい。
「おまえさあ。何でうちの騎士団に入りたいって思ったの?」
医務室へ着くなりヴェルギールはそう聞いて来た。
そう聞いて来るヴェルギールの気持ちがよくわかる。自分だって、自分みたいに剣もろくに持てないどんくさい人間が騎士団に入って来たら、そう聞きたくなるだろう。わかっていたからフロルはちゃんと、こう聞かれたら何と答えるか考えていた。
「私はトロいしどんくさいし、何をやっても失敗ばかりの情け無い人間なので、少しでも男らしくなれるよう、騎士団に入って修行して来るよう保護者に言われたのです。」
「ふーん。」
とヴェルギールは言った。良かった。どうやら納得してくれたようだ。
ヴェルギールは革製の手袋を外し、手ぬぐいをタライに張った水の中に浸した。
剣の稽古をする前に聞いた話だが、剣で人を斬りつけると相手が怪我をするのは当たり前なのだが、剣を持っている人も手に怪我をする事があるらしい。人の肉だの骨だのというものはけっこう固く出来ていて、剣を持つ手にものすごく圧力がかかり、指のマタとかを切ったりしたりするそうだ。
それを避ける為、騎士団員は常に革で出来た手袋を身につけている。
その手袋を外し、ヴェルギールは手ぬぐいを絞った。そしてその手ぬぐいを、さっき打ったフロルの頭にそっと当ててくれる。
「気にすんなよ。」
とヴェルギールは言った。
「最初から完璧に出来る奴なんて一人もいねーよ。今、騎士団にいる連中も、いろんな事を経験しながら今があるのさ。頑張れよ。」
優しくされて、優しい言葉をかけられてフロルはうるっときた。
いい人だなあ。としみじみ思う。この人が私の兄弟だったら嬉しいな。性格キツいうえにドケチなアレクサンデルや、ローザみたいな女にうつつをぬかしているマクシミリアンじゃなくってさ。
ヴェルギールは再び手ぬぐいをタライに浸した。
手ぬぐいを絞るヴェルギールの手をフロルはじっと見た。とても綺麗な手だった。よく女性の指を白魚のような指とか言って綺麗という人がいるけれど、男の人の手もとても綺麗だ。大きくて、指が長くて。
・・・・。
フロルは、うっとなった。とんでもないモノを見てしまったのだ。
ヴェルギールの左手の甲には刺青が彫ってあったのである。しかもその柄というのが、ドクロに絡まるヘビの絵だったのだ。
グリューネバルトにいた頃にもたまに刺青を彫っている人を見た事がある。しかし、そういう人達はあまりまともな職業の人達ではなかった。反社組織紛いの船乗りとか、娼婦とか。
この人は不良さんだっ!
仮にも親からもらった体にスミを入れるなんて!
そんな人がカッコいいとはこれっぽっちも思わない。というか、そういう事をカッコいいとか思っている人とは絶対に友達になれない!
しかもだ。まだ、花とか蝶とか、好きな人の名前ってんのなら、あんまり良くはないけれどまあ良いと思う。しかし、ドクロにヘビってんのはあんまりではないか?あまりにも気持ち悪すぎる。
フロルは小さくため息をついた。
やっぱりこの人が兄弟なのは嫌だ。・・・それにしても。
故郷グリューネバルトにいた頃、新緑騎士団は憧れの騎士団だった。ものすごい英雄の集団みたいに思っていた。しかし。内情を知ってみたら普通だった。というか、普通以下だった。というか。
遠くから憧れているうちが華だったなあ。
世の中、知らない方が幸せな事もいっぱいあるのだ。しみじみとそう思った。




