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新緑騎士団  王都No.1人気の騎士団に男装して潜入し、生き別れた兄を探します  作者: 北村 清
第三章 新緑騎士団の見習いの見習い

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見習い生活四日目(2)

あまりの大声に、他の騎士見習い達や、羊皮紙の補充をしていた後方事務隊副隊長のマティアスがぎょっ!とする。

アレクもフロルの大声に顔をしかめ、右手で右耳を押さえながら

「そりゃあまあ、人には事情ってもんがあるのさ。」

と言った。


「どんな事情なんですか⁉︎」


普段のフロルからは考えられないずーずーしさでフロルはアレクに詰め寄った。

後からこの時の事を考えると、フロルは恥ずかしいやら蒼ざめるやらとにかく平常心でいられなかったが、しかしこの時は必死だったのである。


さすがにアレクは苦笑いし

「ま、みんな知っている事だから別にいいけどさ。」

そう言って話をし始めた。


「ヴェルギールの御父上は、お若い頃から非常に『まめ』な方でね。ま、常に女性が側にいなかった事が無いという方だったわけだ。

そしてある日の早朝、クローゼ家の門の前に生後間もない男の子が捨てられていた。その赤ん坊の入れられたバスケットの中には『あなたの子供です』と書かれた紙が入っていたんだそうだ。」

「・・・・。」

「ヴェルギールの御父上はその子を自分の子供として育ててこられたんだ。クローゼ卿は現在までずっと独身だから、ま、だから母親がいないって事になるわけだ。」

「あの・・本当の母親が誰かはわからないんですか?」

「わからないらしい。」

「思い当たるフシが無かったんですか?」

「思い当たるフシが有り過ぎたんだ。」


フロルは絶句した。

なんじゃ、そりゃ!と思わずにはいられない。捨てた母親も母親だが、父親も父親だ。


でも、それが作り話だったら?


本当はグリューネバルト家から預かった子供だったのだとしたら?


いや、先走ってはいけない。他の人達の家族構成を調べてみないと。もしかしたら他にも元第一隊のメンバーで母親のいない人がいるかもしれないんだから。


フロルは急いで手元の資料を写本した。おそらくアレクの手元には他の隊の一覧表もあるのだろう。それが見たかった。その為には、他の32人よりも早くこの資料を写さなくては。


フロルは書き終わった羊皮紙をアレクに手渡した。アレクはそれを確認し、そして新しい羊皮紙を渡してくれた。

それは第五隊のメンバー表だった。マクシミリアン・ツヴァイクが隊長を務める隊である。そして。


フロルは息を飲んだ。


マクシミリアンもまた、母親の名前の欄が空欄だったのである。


「あの・・・。」

「ん?」

「なんでツヴァイク様もお母様の名前が書いてないのでしょうか?」

「・・・・。」

「御父上がやっぱり女ったらしなんですか?」

「いや。マクスの所は逆だな。」

アレクが苦笑する。


「マクシミリアンの父上は、女は嫌いだが男はもっと嫌いという非常に気難しい方でね。ツヴァイク家は古い歴史のある名家で、爵位を持つ貴族とも縁続きのとても由緒あるおうちなんだよ。そんなツヴァイク家の血筋が絶えたら困る。頼むから結婚をしてくれと親戚の人間にどれだけ言われても、ツヴァイク卿は耳を貸さなかった。そして、ある日突然男の赤ん坊を家に連れ帰り一族の人間に言ったんだ。『この子は私の息子だ。この子にこの家の跡を継がせる』ってね。」

「で、お母様は?」

「さあ、御父上は相手の女性の名前を明かさなかったらしいよ。勿論、今も独身だしね。」


フロルは今聞いた情報を心の中で反すうした。


ある日突然連れて来られた、母親のわからない子供。

その子供を連れて来た男は、爵位を持つ貴族と親戚であるという。

その爵位を持つ貴族が、グリューネバルト伯爵だったなら?


フロルはぶんぶんと首を振った。

あのマクシミリアンが自分の兄弟?そんな事考えるのも嫌だった。

だってもしあの男が自分の兄弟だったら、ローザがゆくゆくは『お義姉様』になってしまうかもしれないのだ。


フロルは暗い気持ちでそのメンバー表を写本した。


「少し疲れているんじゃないか?」

フロルの写した羊皮紙を確認しながらアレクはそう言った。

「字が乱れてきている。少し外へ出て深呼吸して来ていいぞ。」

「いえ、平気です。次をお願いします。」


他の隊のメンバー表が、早く見たかったのである。

アレクは次に、第四隊のメンバー表を渡してくれた。ざっと見た限り、母親がいない人はいない。


「母親がいない人はたまにいますけど、父親がいない人っていないんですね。」

とフロルはふと、気になった事を呟いた。

「そりゃあ、まあな。騎士団に入れるのは貴族か騎士の家系の人間だけだ。そして我が国では、子供は父系の家系に属するとされているから、父親がわからない人間、つまり家系がわからない人間は騎士団には入れない。」

「あ、なるほど。」

ふむふむとフロルはうなずいた。


その頃になると、フロル以外にも合格者が出るようになってきて。

他の少年達にも重要書類が渡され始めていた。これはマズい。他の隊のメンバー表がこのままではチェックできなくなってしまう。

フロルは急いで第四隊のメンバー表を写しにかかった。


「できました。」

そう言って羊皮紙を持って行くと、今度は第一隊のメンバー表を渡された。隊長はユリウス・フォン・レーステーゼである。


年齢は18歳。出身は王都。父親の名前はアドルフ。母親の名前はタトゥーキア。


この人は兄弟じゃないらしいな。とフロルは思った。まあ自分とも、亡き父とも似ても似つかぬ絶世の美男子だったしな。

フロルはその羊皮紙も丁寧に写本して、アレクの所へ持って行った。


「はい。では、これで最後。これが終わったら休憩入っていいぞ。」

そう言って渡された羊皮紙は後方事務隊のメンバー表だった。


・・・・。


フロルはそのメンバー表をざっと見てから、アレクを見返した。

アレクもフロルをじっと見ていた為、二人の視線がバチッと合う。アレクはにっこりと笑った。質問を予期している顔だった。


「・・・アレク様もお母様がいらっしゃらないのですか?」

「そうだよ。」

「何故ですか?」

「私の母親は、私が生まれてすぐ亡くなったのさ。」

フロルは胸がドキっとした。フロルの実母ルドヴィカも、フロルが生まれた時に死んだのだ。


「その後すぐに父も亡くしてね。私は、母親の実の兄という人に育てられた。養父はずっと独身でね。それで私には母がいないんだ。」

「そうですか。」


フロルはアレクの顔をじっと見つめた。この人が私の兄弟かもしれない。でも・・・。

あんまり私とは似てないよなあ。とフロルは思った。

フロルはあんまり彫りの深い方ではないのだが。この人はとても彫りが深く目鼻立ちがはっきりしている。

目も切れ長でどっちかと言うとつり目のキツネ顔なのだが、フロルはたれ目のアライグマ顔なのだ。


と、その時。


フロルはアレクに人差し指で眉間をこづかれた。


「はい。さっさと、仕事、仕事。」

「は・はい。」

フロルは急いで自分の机に駆け戻った。


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