サンドリヨンのような
それからは、何もかもがあっという間だった。
引きずられるようにして外へ連れ出され、デカい馬車に乗せられて、フロルの家、つまり家畜小屋の屋根裏へ連れて行かれた後、フロルの数少ない私物、本や服が馬車にさっさと積み込まれてしまった。
本当に少ししかないので、簡単に積み込みが終わってしまう。
その後、馬車に同乗していた迫力のあるおばさんが、フェリックス家のドアを叩いて中へ入りこみ「マグダレーナ・フォン・ウィンクラーです。」と名乗った後、フロルがグリューネバルト伯爵妃に選ばれた事を夫婦に告げた。
「フロルですって!ローザの間違いじゃないんですか?」
フェリックス夫人が何度も何度も確認していると、ローザが泣きながら家の中へ飛びこんできた。
「ママー。」
「ローザちゃん。」
「ママ。伯爵様の妻の座は私でほぼ決まっていたのよ。それをフロルが!」
ちょっと待て!である。どうしたら自分が妻の座当確だったなんて、ど厚かましい勘違いができるのだろう?選ばれたフロルでさえ、とても信じきれない状況なのに。と、そこでウィンクラー夫人が。
「お黙りなさい!」
ローザを一喝した。
「伯爵様のお心はフロル様の上にのみ固くすえられているのです。おまえに心をかけるなど100%ありません。根も葉も無い嘘をばらまいたりしたら、ただではすみませんよ!」
凄まじい威厳であった。フェリックス夫人もローザも黙り込む。フロルは感心して、発言者であるウィンクラー夫人をまじまじ見た。フェリックス夫人を黙らせる事ができる人間を初めて見た。
ドアがキィと音をたてたので振り返ると、リーリアが立っていた。リーリアも今戻ってきたらしい。祝福するというより、心配そうな表情でフロルを見ている。
ウィンクラー夫人がフェリックス家の人々を見回して言った。
「フロル様は、これより伯爵様の館へ移られます。それであなた達には、今までフロル様を育ててこられたという事で金貨一千枚が与えられる事になります。」
フェリックス夫人の顔がパァーっと輝いた。さっきまで抱いていた不満もどっかへ吹っ飛んだようである。
「ただし。それを払うにあたり条件が1つあります。」
「なんでしょうか?」
つばを飛ばしながらフェリックス夫人は叫んだ。ウィンクラー夫人が顔をしかめる。
「あなた達家族4人共、、グリューネバルト領から出て行ってもらう事になります。どのような理由があろうとも、この地へ足を踏み入れてはなりません。もしも金貨を受け取った後、この地へ戻ってきたら死刑という事になります。」
「冗談じゃないわ。出て行くなんて嫌よ!」
リーリアが叫んだ。ウィンクラー夫人が冷たい視線でにらみつけるが、リーリアが炎のような視線でにらみ返す。だが一番最初に口を開いたのはフェリックス夫人だった。
「まあ、リーリアちゃん。何を言い出すの。そんな事を言ってフロルの幸せを壊す気なの。全くこの子は本当に自分勝手で。」
「絶対嫌よ!ここが私の生まれ故郷なの。友達だっていっぱいいる。それにフロルを一人で置いていくのは心配だわ。側にいてあげないと。」
「お黙りなさい、リーリア。子供はね、親の言う事を聞いてさえいればいいの。」
「ママ。私も反対よ。フロルが幸せになるのは嫌よ。絶対嫌ー。」
ローザもそう言ってグスグスと泣き出す。
「ローザちゃん。何言ってるの。あなたにはもっとふさわしい人が見つかるわ。金貨千枚もあれば、どんな相手でも。王子様だって。」
「わけを聞かせてください。どうして、私達家族がここを出ていかなくちゃいけないのか?」
リーリアがウィンクラー夫人に問いかける。その答えはこうだった。
「伯爵様は、国王陛下の愛妾であるローゼンリール夫人の事を大変苦々しく思っておいでです。特にご寵愛をかさに着て、自分の親族に次々と権力を与えている事に強い不快感をお持ちです。それで伯爵様は、自分が妻を娶る時には、妻の親族が権力を持つ事がないよう、身内の者を全て領外追放にすると心に定めておられたのです。」
リーリアが言葉をつまらせた。
「私はお願いをしているのではありません。これは命令なのです。フロル様が伯爵妃になる事はすでに決定しているのですから、あなた達にはここを出て行ってもらいます。あなた達に選べるのは、金貨一千枚を受け取るか、受け取らないかそれだけです。6日以内にここを出て行ってください。」
「たったの6日!どうして⁉︎」
「一週間後が結婚式だからです。」
「結婚式にも出席できないんですか!」
「そうです。それが伯爵様のご意志です。」
フロルとリーリアは顔を見合わせた。
いつまでもずっと、一緒にいられると思っていたのに。
何でこんな事になったのだろう。これは夢じゃないだろうか。そう思わずにはいられなかった。
その日のうちに、フロルは領主の館に連れて行かれた。
三階にある南向きの部屋が、フロルの新しい部屋だった。フェリックス家所有の宿の1番いい部屋の5倍くらいの広さがある。天蓋付きのベッドなんて本当にこの世にあるんだな、と妙な事にフロルは感心した。都市伝説だと思っていたよ。
フロルの身の回りの事をしてくれるのは、ウィンクラー夫人とアイゼナッハ夫人である。二人とも年齢は50歳くらい。ウィンクラー夫人は、いつも眉間にしわを寄せ厳格そのものであるのに対し、アイゼナッハ夫人は優しげで非常におっとりとしていた。
フロルが館へ来て一番最初にさせられたのは、ウエディングドレスの試着である。結婚式が一週間後なので、ドレスを一から作っていたのでは間に合わない。なので、中古のドレスをフロルの体型に合わせて補正するわけだが。
「だいぶ補正しなくてはなりませんね。」
とアイゼナッハ夫人はつぶやいた。「そうですねー。」と心の中でフロルは相づちをうつ。そのドレス。身長や、腕の長さはちょうど良いのだが、とんでもなく胸が余るのだ。
「あのー。」
「何でしょうか、フロル様?」
「フロルでけっこうです。」
「そんなわけにはまいりません。ところで、どうされました?」
「伯爵様にはいつ会えるのでしょうか?」
どうして自分が花嫁に選ばれたのか。理由が知りたかった。
自分は一目惚れをしてもらえるような美人ではないし、お金持ちでも大貴族でもない。世間の人々は自分の事を、昔話の『灰かぶり』(サンドリヨン)のようだと言っているらしいが、そんな都合のいい話絶対あるわけないって!
ちなみに『サンドリヨン』とは継母と義姉にいじめられていた少女が主人公の昔話である。
いつもいつも継母に、使用人のようにこき使われている灰だらけの少女が、小鳥さんの力を借りて舞踏会へ行く。小鳥との約束で12時迄には帰らないといけない少女だが、彼女に一目惚れした王子は彼女を引き止める為、階段にタールをぬっておく。階段でひっくり転げた少女は靴を落としてしまい、王子様はその靴を頼りに少女を見つけ出し、二人は結婚するのである。
確かにいろいろ似てるけど、でも一目惚れはありえない!
なぜなら、パーティー会場から家へと帰った馬車は、家の場所を教えなくてもまっすぐ家へとたどり着いたから。つまり、前々からフロルが選ばれる事が決まっていたのだ。
わからないのは、なぜ自分が?という事である。
「伯爵様は、紅玉石の鉱山の視察に出かけておられるので今留守です。」
「いつ戻って来られるんですか?」
「結婚式の日には戻って来られます。」
来なかったら大ごとである。
二日後。フェリックス家の人々が街を出て行った事をウィンクラー夫人に伝えられた。もう一度リーリアに会いたかったが、その願いは叶わなかった。
そうして、あっという間に一週間がたち、ついに一度も伯爵様と会う事なく結婚式の日を迎えたのである。