見習い生活四日目(1)
翌日。
見習いの33人は、北館の2階に集合させられた。
「今日は、書類の片付けや修繕をしてもらう。」
後方事務隊隊長、アレクサンデル・カイトにそう言われ、そこかしこから抗議の声が上がる。
「私達は騎士になる為にここへやって来たのに、どうして雑用ばかりさせられるのですか⁉︎私達は使用人ではありません。」
「そうです。いつになったら剣術や馬術の腕を試させてもらえるのですか⁉︎もう、ここへ来て四日も経つのですよ!」
「まだ四日だろ。」
アレクは冷たく言い放った。32人の少年達はむっ!とした顔で黙り込んだ。
フロルは別にむっとはしなかったが、それでもちょっと思わずにはいられなかった。この騎士団の人達は、一年の間に溜まった雑用やホコリを片付ける為に新人を集めているんじゃないかなあ。
「この古くなった書類を、新しい羊皮紙に写本してもらう。重要な書類ばかりだから写し間違いの無いように。」
写本!
それを聞いてフロルの胸は高鳴った。それこそ、フロルの将来の夢そのものではないか!
写字生になる事は、フロルの幼い頃からの夢だった。その夢に近づく為の訓練を、今させてもらえるのである。
フロルはアレクの所へ行き羊皮紙を受け取った。
それは三年前の五月頃の、毎日の天気が書かれた物だった。
・・・これが重要書類?
フロルは首をひねった。いや、しかし仮にも後方事務隊の隊長が重要書類と言っているのだ。たぶん重要な書類なのだろう。自分にはよくわからないけれど。
フロルはじっと羊皮紙を見つめた。羊皮紙は植物紙よりも値段が安いけれど、傷みがずっと早い。三年前のその資料は、実際汚れの為だいぶ字が見えにくくなっていた。
フロルは、一列に文字が何文字書いてあるかを丁寧に数えた。その数字を、古い方の羊皮紙のすみに順番に書いていく。
それから一行目を写しだした。写した後、写した方の字数を数え、原文と一致している事を確認した後更に一文字一文字を確認する。
「できました。」
と言って、隣の机に座っていた少年が立ち上がった。
早い!フロルなんか、まだ一行しか書いていないのに。そんなに文字数の少ない書類だったのだろうか?
「できました。」
「できました!」
他にも次々と少年達が立ち上がりだした。
まずい。自分はどうやら他の人達よりかなり行動がトロいらしい。
一番最初に立ち上がった少年が写本した紙を、アレクはじっと確認した。
「やり直し。」
そう言って、少年に羊皮紙を突き返す。
「内容が間違っている。」
「どこがですか?」
「自分で確認しろ。」
そう言ってアレクは少年を睨みつけた。アレクは更に次の少年の羊皮紙を確認した。
「やり直し。」
・・・この人怖いなあ。と、フロルは思った。そう思いつつ、丁寧に字数を確認する。トロいうえに内容が間違っていたらどれだけ怒られるか。
なんとか写し終え、フロルは恐る恐るアレクの側へ近寄った。
既に、20人以上の少年達がアレクに書類を提出しやり直しを命じられている。緊張で胸がドキドキして来た。
「できました。」
と言って羊皮紙を差し出すと、アレクは不機嫌そうにフロルを見返した。
そりゃあ、まあ、不機嫌にもなるだろう。さっきから誰一人として合格をもらっていないのだ。絶対、自分がやった方が早かった。時間の無駄をしてしまったと思っているに違いない。そして羊皮紙は大量の失敗作のせいで、大量に無駄になっているのである。
この人の怒りもそろそろ臨界点っぽいような気がする。ここで自分が間違えていたら、怒りが爆発するのではあるまいか。
アレクが羊皮紙を確認していたのは一分くらいの間だったろう。
しかし、その時間がフロルには一時間ほどにも感じられた。
アレクは羊皮紙を机の上に置き、修繕用の羊皮紙と新しい羊皮紙をフロルに差し出した。
「次はこれ。」
・・・どうやら合格だったらしい。フロルは体中の力が抜けそうになった。
次に渡された紙は、一年前の今頃の季節の掃除当番表だった。
それも丁寧に、ようするに時間をたっぷりかけて写してから、フロルはアレクの所に持って行った。
アレクもゆっくりと時間をかけて。そしておもむろにこう言った。
「おまえ、字が上手いなあ。」
ガチガチに緊張していたフロルは、一瞬褒められたという事に気がつかなかった。
「・・・ありがとうございます。」
「じゃあ、今度はこれ。これは本当に大事な書類だから。」
そう言って、アレクは机の引き出しの中から羊皮紙を取り出した。
・・・なるほど。
今までのはテストだったんだ。
さほど重要ではない書類を写本させてみて。仕事が確実で丁寧な人間にだけ本当に重要な書類を渡す事になっていたんだ。
フロルは差し出された羊皮紙をじっと見た。
新緑騎士団、第二隊のメンバー表である。
メンバーの名前に生年月日に出身地、身長、体重、親の名前まで書いてある。
これは重要書類だ。というか、究極の個人情報だ!
フロルは緊張した。これは丁寧に写さなくては。
・・・と思って見ていたフロルはある事に気がついた。
「あの、カイト様。」
「何?」
「この紙、抜けている所がありますが。」
「そんなはずは無いはずだが。」
「でも、ここ。」
フロルは羊皮紙を指差した。
「隊長であるクローゼ様の、お母様の名前の所が抜けています。
「ああ、そこはかまわないんだ。ヴェルには母親がいないから。」
・・・えっ?
フロルの頭の奥で火花が散った。
昨日のリーリアの言葉がよみがえる。
『あんたの双子の兄弟には養父はいるけど養母はいないんだって』
「何でですか⁉︎」
思わずフロルは大声で叫んでいた。




