新たなるデイム(4)
「トイレ長いぞー。腹壊してんのかー?」
赤毛の青年が大声でそう言うと、どっと笑い声が起こった。
マクシミリアン・ツヴァイクはというと、わずかに苦笑しただけだったが、その次に言われた言葉には表情を凍り付かせた。
「おまえが投票したら終わりなんだ。ほら、出して。」
「え?」
「今現在の結果、同数だから。」
「・・・えっ⁉︎」
マクシミリアンは、はっきりと怯んだ。なぜなら、彼の1票で結果が決まるのだから。
悪い事をした。とフロルは思った。
自分のカバン探しに付き合わせたせいで、彼は投票するのが遅れたのだ。彼の1票のせいでローザとリーリアのどちらが負けたとしても、それは彼一人の責任ではない。彼を含めた43人の人間のせいである。
しかし!負けた者の恨みは彼が一身に買うだろう。
マクシミリアンとリーリアは、四日も同じ馬に乗って一緒に旅をした仲である。リーリアとグリューネバルト伯爵夫人である自分が親友である事を知っているし、自分の事をローザがいじめていた事も知っている。まさか、ローザには投票すまい。
ウィンクラー夫人もクリスも
「リーリアの勝ちですね。」
と喜んでいた
しかし。気になる。
ローザは勝ち誇った表情でマクシミリアンを見ているのだ。まるで100%彼が自分に投票すると思っているような。
あの自信は、いったいどこから来るのだろう?
マクシミリアンがなおも投票をためらっていると、茶髪の青年は顔をしかめてため息をついた。複雑な表情だった。まるで嘆いているかのような表情だった。
その後、茶髪の青年はマクシミリアンの手から紙を奪い取った。マクシミリアンは一瞬抵抗したが、すぐに諦めたようだった。
茶髪の青年が紙を見て、また小さくため息をつき、そして言った。
「ローザ嬢に1票。」
「えっ!」
とウィンクラー夫人が叫んだ。リーリアも呆然としてローザを見、そしてマクシミリアンを見た。歓声とそして祝福の声があがるなか、ローザが皆ににっこりと微笑みかける。そして、マクシミリアンに歩み寄った。
「ありがとう、ツヴァイク様。あなたのおかげです。私を推薦してくださったあなたに恥じない為にも、私全身全霊をかけてデイムとしての務めをはたさせて頂きますわ。」
「ええっ!」
というフロルの声は、周囲の歓声にかき消された。
いったい、どこの誰があの性悪を推薦したんだ?と思っていたが、まさか、この人だったんかい!
茶髪の青年は頭が痛いと言わんばかりに、こめかみを押さえていた。金髪の青年はマクシミリアンを睨んでいる。先程「トイレ長いぞー」と言った赤毛の青年は、唇の片方だけ動かして笑っていた。
その時フロルは思い出した。二ヶ月前にグリューネバルト領に来た人達。マクシミリアンとあとこの三人だ!
雑踏を抜けて、リーリアがフロル達の方に寄って来た。
「ごめんなさい。」
それが最初の言葉だった。
「私・・期待に応えられませんでした。」
「あなたは、良くやったわ。」
ウィンクラー夫人はリーリアを責めなかった。
その優しさに触発されたのか、リーリアの目から涙がこぼれた。
「くやしい。」
「リーリア。」
「結局、男はみんなローザが好きなのよ。どんなに性格が悪いって知っていても、やっぱりローザがいいのよ。思わせぶりな態度をとって気を持たせても、それでも本当は・・・。」
リーリアは『誰』とは言わなかったが、誰をなじっているのかは明らかだった。42人の人達はリーリアの方がいいと思ったんだよ。という言葉は慰めにならない。ほのかな恋心を抱いていたいたマクシミリアンが、ローザを選んだ事がショックなのだ。
可哀想に。と思わずにいられない。
マクシミリアンは、リーリアが部屋に閉じ込められた頃にもリーリアの家を一度訪問していて、その時ローザに会って話をしている、とリーリアに聞いた。
その時からマクシミリアンはローザの虜になっていたのだろう。それはそれで、ある意味仕方がない事だが、でもそれならリーリアに気を持たすような事を言うのはひどいじゃないか!
ついさっきまで、『詐欺師に引っかかりそうな人』と思っていたがそれは違う。
詐欺師なのは奴の方だ!
優しげな態度で人を騙し、人の心を弄ぶろくでなしだ。
さっきだって、親切そうな事を言っていたが、本心ではかったるいと思っていたのだろう。カバンを失くしたフロルの事をバカだと思っていたんだろう。
フロルは人格者でも聖人君子でもないから正直に思った。
あんな奴に、馬をプレゼントするんじゃなかった!
「最低な奴。あんな奴大嫌い。」
「そのような事を言うものじゃない。亡き伯爵様の御子息かもしれない方なのだ。不敬罪だぞ。」
リーリアとウィンクラー氏がそう言った瞬間。
ウィンクラー夫人、クリスティーネ、リーリア、フロルの四人の八つの瞳が眼光鋭くウィンクラー氏を睨みつけた。
全員そろって、凄まじい眼光だった。視線が熱を帯びるものであったなら、ウィンクラー氏は一瞬で炭化しただろう。ウィンクラー氏は、はっきり三歩後ずさった。
周りに人がたくさんいたのでフロルは口には出さなかったが、心の中では叫んでいた。
あんな奴が兄弟であってたまるものか!
ウィンクラー夫人とリーリアも、お互いに視線を交わしあっている。
「・・・穴掘ってやる。」
リーリアが小さな声でつぶやいていた。
コンテストも終わったし、屋台で食べ物を買って食べる気にもなれない。さっさと帰ろう。とフロルは思った。
全く、ろくでもないコンテストだった!
リーリアは落ちるし、ローザみたいな嫌な女がみんなにちやほやされているし、お金は失くすし、お母さんの形見の栞は失くすし!
この近くへ来るたび、新緑騎士団員の姿を見るたびに、今日のこの嫌な気持ちを思い出すだろう。
だから絶対、二度とここへは来るものか!新緑騎士団員が会いに来たって、二度と顔を合わせるものかっ!
そう思いつつ、歩き出そうとした途端。茶髪の青年にいきなり声をかけられた。
「おい、おまえ!」
・・・当初、自分に声をかけられていると気がつかなかった。気がついたのは、腕をつかまれた時である。
思わず、驚きのあまりフロルは「きゃあっ!」と叫んでしまうところであった。
男の格好をしているのに、それはまずい。
だがフロルは、フェリックス家が経営する食堂で女給をしていたり、男女比率10対1の大学に通っていたわりに男に対して免疫がないのだ。
いきなり腕に触られるなんて、空前の事件である。
「何してるんだ。コンテスト終了後すぐ、受付に来るようさっき渡した紙に書いてあっただろうが。」
「・・・は?」
「読んでないのか?」
「はい。あの紙は・・失くしまして。」
盗まれたカバンに入れていたので、読むより前に失くしたのだ。
しかし。そうと知らない青年の目は、はっきりと底光りをした。怖っ!
「ほら、来い。」
と言って、青年はそのままフロルを引きずっていった。
何事かと呆然としているウィンクラー夫婦に青年は「では、失礼します。」と言って頭を下げた。いや、呆然としていないで引き止めて。お願い、助けて!
そしてフロルはそのままずるずると、人ごみの中に連れ去られてしまったのである。
いつも読んでくださりありがとうございます。次話で第二章完結になります。
第三章からやっと、フロルの潜入捜査が始まります。
続きが気になる。と思って頂けましたら是非っ、ブクマや評価をお願いします(^◇^)




