ウィンクラー夫人の計画
リーリアがグリューネバルト邸に戻ると、驚いた事にフロルがもう戻って来ていた。
「早かったわね。もうパーティー終わったの?」
「まさか。まだやってるよ。」
「パーティーはどうだった?」
「疲れた。リーリアはどう?石屋さんはどうだったの?」
「良かったわよ。楽しかった。」
そう言ってリーリアは今日一日の報告をした。
リーリアが気に入ったのなら問題ない。すぐに来てもらおうという事になったので
「じゃ、私また日時を伝えに行って来ましょうか?」
とリーリアが言うと
「その必要はないわ。あなたは自分を安売りしないで、どーんとかまえていなさい。それより大事な話があるから座ってちょうだい。」
とウィンクラー夫人が言う。リーリアはソファーに腰をおろした。隣にフロルが、向かいにウィンクラー夫婦が座る。
「例の石屋が、よっぽど腕が悪くない限り、仕事を頼もうと思ったのには理由があるの。」
「若旦那さんが、元新緑騎士団の人だからでしょう。」
とリーリアが答える。
「その通り!つまり、その元新緑騎士団員と親しくなるというのが目的なわけ。」
フロルは小首を傾げた。
石屋の若旦那さんは、王太子と同じ年だと聞いている。つまり22歳だ。フロルより5歳も年上なのだから、実は彼がフロルの双子の兄弟である、という可能性は無いと思う。
「親しくなって、団員の情報を聞き出そうって事なのかな?」
とフロルは聞いてみたがウィンクラー夫人は首を横に振った。
「いいえ。そんなぬるい事をやっている場合ではありません。もっと、ダイレクトに行くのです、フロル様。ここにいるリーリアに、騎士団のデイムになってもらって潜入捜査するのです。」
「はあっ!」
と、フロルとリーリアとウィンクラー氏が叫んだ。
「来週、デイムを引退したジゼル様の後任のデイムを選ぶコンテストがあるのです。候補の女の子を何人か選んで、新緑騎士団員が投票するのだそうですよ。コンテストに出場するには、騎士団関係者の推薦がいるので、その石屋の婿さんにリーリアを推薦してもらうんですよ。」
「えっ、なんで?」
「そりゃあ、どんなに顔が良くても胡散臭い過去のある女だったらマズイからでしょう。だから、素性がしっかりしている子だけがコンテストに・・・。」
「いや、じゃなくてリーリアをデイムにって・・・。」
確かにリーリアは美人だ。なかなかの美人だ。しかし。
『絶世の美女』とか『稀代の美女』とか『天下一の美女』とか、そこまで言われるほどの美女ではないのだ。
いくら友人の欲目をプラスしてみても、とてもとてもあのジゼルと張り合えるとは。
「確かに私は自分でも、まーまー顔が良いとは思ってますけれど。」
リーリアが腕を組みつつ口を開いた.
「でも、デイムってそれだけじゃダメなんでしょう。教養とか、色香とかに関してはちょっと自信が・・・。」
「あなたに一番足りないものは淑やかさだと思うな。」
フロルの意見をウィンクラー夫人は一笑にふした。
「それでけっこう!新しいデイムに求められる要素は、ジゼル様と違うタイプって事なのですから。
「えっ?」
とウィンクラー夫人以外の三人の声が揃った。
「だって、そうでしょう!ジゼル様と似たようなタイプでジゼル様より劣る女だったら下位互換したって思われるじゃないですか。かといってジゼル様とそっくりでジゼル様よりいい女だったら、もっとまずいでしょう。ジゼル様は王太子妃になられるんですから。だからいっそ、正反対の女性の方が良いんですよ。淑やかさより快活さ。教養より行動力。都会的な上品さより田舎者の温かさ。リーリアなら完璧でしょう!」
「はあ。」
「変質者の股間に蹴りをくらわせて、女の子を助け出した女と街中で噂されているリーリアが、今更か弱い女のふりをして見せても周囲に笑われるだけですわ。それよりも、勇気と正義感を全面にアピールするのです。大丈夫。勝つと信じて戦うのです!人々の心の隙間に入り込み、満員の駅馬車の座席に無理矢理割り込むおばさんのように、ハバをきかせるのです!」
「私、街中でそういう事噂されているんですか・・。」
リーリアがわずかに蒼ざめながら呟いた。
「でも、石屋さんが推薦するのは嫌だ、と言ったらどうするんですか?」
とフロルは聞いた。
「言うもんですか。グリューネバルト邸の改装の仕事といったら、超ビッグな仕事ですもの。うちを怒らせて仕事がパアになったら大損でしょう。リーリアの事をイケていると思ったら喜んで推薦してくれるでしょうし、イケてないと思ったらどうせ落ちるだろうから騎士団の迷惑にもならないし、自分達とは何の関係もない事なのですから推薦くらいしてくれますよ。絶対デイムになれるよう、裏工作してくれと言ったら嫌がるでしょうけれど。
でも、大丈夫です。リーリアなら100%いけます!私の勘がそう言っています!」
前半のセリフには、なるほどと納得したが、後半部分についてはフロルは納得できなかった。
リーリアは実に『いい女』だ。フロルも心からそう思う。フロルが百人いてその百人で人気投票をするのなら、100%の得票でリーリアがコンテストに受かるだろう。
しかし、人気投票するのは新緑騎士団員で、新緑騎士団員は全員男なのだ。
そして男にとっての『いい女』と女にとっての『いい女』は違うのだ。
というか、どちらかというと女の目から見るとろくでもないような女の方が男にはモテるのだ。
リーリアはあまり男にモテなかったという事をフロルは幼馴染だからよく知っている。どう見たってローザよりもリーリアの方がいい女だったのに、ローザの100分の1もモテなかったのである。
しかし、天井方向をうっとりと見上げて自分の発言に酔いしれているウィンクラー夫人にそう言う気になれず、フロルはウィンクラー氏の方にこっそり聞いてみた。
「あの、ウィンクラー夫人の勘って何%くらいの確率で当たるんですか?」
「20%くらいですね。」
フロルは肩を落とした。これはキビシイな・・・。
リーリアも内心で冷や汗をかいていた。
若さと美貌を利用して騎士団員に接触しろ。と言われていたので、何をさせる気だろうと思っていたが、こういう事か。
しかし、王都で一番人気の騎士団のデイムにこの私が?
ウィンクラー夫人とは反対に、私には100%自信が無いが。
三人の不安をよそに、ウィンクラー夫人はやる気満々である。
とてもではないが「無理!」と言える状況ではない。
しかたない。とにかく、やってみるしかないだろう。まあ、もし駄目だったなら。それはそれで、またゆっくり考えてみたら良いのだから。




