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新緑騎士団  王都No.1人気の騎士団に男装して潜入し、生き別れた兄を探します  作者: 北村 清
第二章 王都へ

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新年祝賀パーティー(2)

「誰だ!伯爵夫人を呼びつけるとは無礼な!」

男達の一人がそう叫ぶ。だが使いをしている男はびびらなかった。


「マリーンシェルド伯爵です。」

男達は、しんと静まりかえった。使いに来た男が手を差し出したので、フロルはその手をとり歩き出した。


マリーンシェルド伯爵というのがどういう為人なのかは知らないが、この男共よりはマシだろう。そう信じたい。


マリーンシェルド伯爵は、部屋の隅のソファーに座っていた。それがフロルには意外だった。

建国以来の名門貴族の当主であり、宮廷内で絶大な権力を持っていると聞いていたので、フロルどころではない人達に囲まれて、ふんぞり返っているかと思ったのだ。それがこんな部屋の隅に一人で座っているなんて。


「わざわざ来て頂いて、申し訳ない伯爵夫人。」


そう言ってマリーンシェルド伯爵は微笑んだ。巨大な権力を持ち、しかもフロルより遥かに年上なのに威張った様子がない。勿論、卑屈な様子もない。近づきやすい暖かみがあるが、フロルに座るよう勧める手の動きも実に上品で、大貴族の当主としての威厳と強い迫力を感じさせる。

先程、フロルを取り巻いていた男共に30年経ってもこれだけの貫禄がだせるかどうか。


「いえ、お声をかけて頂きむしろ助かりました。」

フロルが頭を下げると、伯爵は静かに微笑んだ。


ハンサムな人だ。とフロルは思った。マリーンシェルド伯爵は、56歳だと聞いている。少し痩せている為年齢よりも年上に見えるが、切れ長の目といい、品のある口元といい10代の自分が見ても実に好感が持てる顔なのだ。


美しい銀色の髪は、この年齢の男性達に比べ、実に豊かでふさふさしていた。髪のツヤなどフロルよりよっぽどあるだろう。

今でもロマンスグレーの良い男だが、若い頃は絶世の美男子であったに違いない。そう、例えば、あの新緑騎士団の金髪の男の人くらいには。


静かな微笑みが「君が困っていのがわかっていたよ」と語りかけていた。でも、決してそれは口にしない。彼は大人の男なのだ。


「私はあまり体が丈夫ではない。だから、あまり長い時期立っている事ができないのです。」

マリーンシェルド伯が口を開く。

「葬式にも本当は参列したかった。しかし、どうしても行く事ができませんでした。」

「いえ、あの折にはいろいろ良くして頂いて。こちらこそ、御礼の手紙が遅くなりまして・・。」

フロルはぺこぺこと頭を下げた。

そんなフロルを見ながら伯爵は静かに一瞬遠い目をした。


「エセルはいい奴でした。」

エセル?誰だ、そいつは?とフロルは首をひねった。

思い出したのは、30秒くらい経ってからである。フロルの父・・あ、いや、夫の名前だった。フルネームをエセルハルト・コルネリウス・フォン・グリューネバルトと言ったのである。


マリーンシェルド伯爵の言葉には、強い親しみと暖かみがあった。今までにも数々、死んだグリューネバルト伯爵を慕う人達に会って来た。しかし、そのうちの誰よりも彼の言葉は亡き伯爵との距離が近かった。


「私は、子供の頃から体が弱くてね。夏になれば熱中症を起こし、冬が来れば肺炎になり、三歳まで生きられまい、十歳まで生きられまい、二十歳まで生きられまい。そう言われながらこの年まで見苦しく生きてきてしまった。私は子供の頃からよく言っていたよ。『エセル、僕はけっこう長生きすると思うよ。自分の事を大切にして甘やかしているからね。君のように健康で病気一つした事の無い人間の方が大病にかかってぽっくりいってしまうのさ。』でも、まさか本当に先に彼を見送る事になるとは思わなかったよ。」

「本人も無念だったと思います。」

「そうだね。でも決して彼の人生が不幸だったと思ってはならないよ。」

「・・・。」

「彼の人生には良い事よりも、悪い事の方が遥かに多かったかもしれない。だが彼が美しく生きた。魂を苦しみに汚すこともなく。だからたくさんの人達が彼を愛したんだ。

愛していたからこそ、誰もが彼の死に方ばかり記憶している。でも、彼は幸せだったはずだ。彼は、ささやかな喜びや人の善意をいつも大切にして、それを心に留めおける人間だった。だから彼は幸せだったんだ。その事を君にはわかって欲しい。君には彼がどのように生き、どんな風に笑っていたかを記憶していて欲しい。

君は彼の家族なのだから。」


あれ?とフロルは思った。

この人はフロルの事を伯爵の『妻』ではなくて『家族』と呼んだ。もしかして、この人は知っているのだろうか?フロルが亡き伯爵の、本当は娘である事を。


その疑問を口に出そうとした途端。高々とファンファーレが鳴り響いた。


国王と王太子。そして未来の王太子妃。更に国王の愛妾。

四人の人間が広間に入って来たのである。

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