悪い話
グリューネバルト伯爵夫人が新緑騎士団の団員に、目玉が飛び出そうなほど高い馬を贈ったという噂は、一秒で王都を七回り半駆け巡った。
当然、その噂はウィンクラー氏の耳にも入って来た。
「何をやってらっしゃるんですか、あなたはーーーっ!」
ウィンクラー氏は当然吠えた。
「贈り物をするならするで、常識の範囲内の金額にしてください!あなたに金貨100枚持たせたのは、100枚以内の買い物にしてくれという意味で、小切手を持たせたのは何かの時の保険です。金貨1000枚もする馬を贈ってどうするんですか!」
「700枚ですけど。」
「大差ないでしょうが!あなたは、いったい今自分がどういうふうに都中で噂されているかわかっているんですか⁉︎そんな高いモノを贈るなんて、普通ではない。その四人がグリューネバルト領に来た時、何かあったのでは?とか、もうそれ以上は口には出せないような下品な噂がっ!」
「別にどうでもいいじゃない、そんな事。」
あくびをかみ殺しながら、ウィンクラー夫人が夫にそう言った。
「どうせ、そんな下品な噂をたてているのは、あの王宮で主のように威張っている下品なお方でしょうが。自分は何もプレゼントしてもらえなかったのに、他人がもらったものだから悔しくて根も葉もない噂をばら撒いているのよ。全く女のヒガミは怖い事。あの女は、どんなにフロル様が清く正しく生きていたって、火の無いところに放火してでも煙を立たせずにはいられない事でしょうよ。」
「しかし、こんな事になって亡き伯爵様に申し訳というものが・・・。それにフロル様の側にいる我々の監督責任にも・・・。」
「何をオタオタしていらっしゃるの、あなた!わかってないわね。フロル様は馬を買ったのではないの。あの騎士団員達の心を買ったのよ!
馬なんてね。どうせ、どんなに可愛がったって人間より寿命の短い生き物なんだから、そのうち絶対死んでしまうでしょう。でも、フロル様が馬を買って贈った、その事実は消えて無くならないの。騎士団員はフロル様にずっと感謝し続けるわ。そしてフロル様が困っている時、援助の手が必要な時には、必ず助けを差し伸べてくれるの。
人の噂は75日。新しい事件が起こったら、野次馬共はすぐに古い事件を忘れてしまうわ。だけどね!新緑騎士団員は75年経ったって高い馬を買ってもらった事を忘れはしないわよ。」
「なるほど。それは言える。」
リーリアがうんうんと、うなずいている。しかし、その横でフロルは目を白黒させていた。
心を買う。って、そんな事考えもしなかった。
でも、確かに贈り物をするって、そういう事なのかもしれない。
そしてフロルは意図せずに。彼らの『心』の値段に超、高値をつけたのだ。
「し・・しかし、この件で新緑騎士団の方々との接触が難しくなったんだぞ。今、下手に親しくなったら、やっぱり噂は本当だったのだと人は言うだろう。」
ウィンクラー氏が苦虫を噛み潰したような顔で言うと、ウィンクラー夫人は大げさに肩をすくめてみせた。
「そうね。だって、そうさせる為にローゼンリール侯爵夫人は噂をばら撒いたんでしょうから。」
なんと!この噂の裏にはそんなオチがあったとは。
すごいな。とフロルは感心した。そんな事まで考えるんだ。
まあ、後学になる事は絶対なさそうだけど。
「別に気にする事なんかないでしょ!さっき言ったとおり二ヶ月半も経てば、みんな今回の事忘れてしまうわ。伯爵様の喪があけるまで後十ヶ月もあるのよ。二ヶ月や三ヶ月、どうだっていいじゃないの。」
「そんな、のんきな・・・。」
ウィンクラー氏は、まだぶつぶつ言っているが、結局諦めてしまったようだ。
「さってと。じゃ、私そろそろ帰ろうかな。」
フロルがそれ以上叱られずにすんだのを見届けたリーリアは、そう言って伸びをした。最近リーリアは、毎日のように第一地区にあるグリューネバルト家の館に遊びに来ていて、もはや半分ここの住人と化している。
「お待ちなさい。」
とウィンクラー夫人がリーリアに声をかける。
「外はもう薄暗いし、雪も降っているわ。馬車で送らせるから、ちょっと廊下で待っていて。」
「あ、どうもどうも。」
そう言ってリーリアはフロルに手を振り、廊下に出た。
確かに雪が降っているようだ。と、思いながら天窓を見ていると、急に腕を引っ張られた。
「何事!」と思う間もなく、先程までいた部屋の向かいの部屋に引っ張り込まれた。
「静かに!」
と、腕を掴んだままウィンクラー夫人が言って、人差し指を唇に当てる。
「ちょっと話があるの。」
「なんの話ですか?」
「悪い話。」
そう言ってウィンクラー夫人はにやりと笑った。
「あなたは、とても賢そうな子だから、仲間になってもらおうと思って。」
「フロルほどじゃないですけどね。」
「そのフロル様についての話。」
とウィンクラー夫人は言った。
「私はね、フロル様が可愛いの。」
「はあ。」
「それは、フロル様がフロル様だから可愛いの。別に、伯爵様の血を引いているから、とかではなくて。」
「まあ、私もそうですけどね。」
「だから私は本当は、伯爵様の全財産をフロル様に継いで欲しいくらいなの。」
リーリアは眉を寄せた。それって、つまり・・。
「でも、まあ、伯爵様にはもう一人遺児がいる。その方が、まあ一応、優しくて誠実で、フロル様を豊かな愛情で包んでくださるような、まあそんな人だったら仕方ない。財産を半分分けてやるかと思うけど、でも、もしもそいつがとんでもないろくでなしだったら。フロル様が善良で人が良いのをいい事に、それにつけ込んでフロル様を虐めるような奴だったら。いや、もっとひどい場合、フロル様を騙したり殺したりして全財産を独り占めしようとか考えるような悪い奴だったら。
私は絶対、そんな奴をフロル様のお側に近づけたくないの。うちの夫もフロル様も、伯爵様のお子で爵位を継いでくださるならば、どんなボケでもカスでもかまわないと思っているみたいだけど、私は絶対嫌なのよ。あなたなら、わかってくれるわよね。」
リーリアは力強くうなずいた。
「それなら、協力してちょうだい。全く、新緑騎士団員とすぐに連絡がつかなくて、二、三ヶ月接触できなくなったのは本当に好都合だったわ。その間にこっそりと新緑騎士団員の事を調べましょう。誰がフロル様の双子の兄弟なのか調べてそいつがろくでなしだったなら、うちの夫やフロル様に知られる前に。」
「知られる前に?」
「その男の足元に落とし穴を掘って叩き落とすのよ!」
「わかりました。」
リーリアは胸を張った。
「喜んで協力させて頂きましょう。」
「そう言ってもらえると心強いわ。お金の事は私に任せなさい。バックサポートは全面的にしてあげるから。あなたは、その若さと美貌を利用して新緑騎士団員に接触するのよ。その事については私にちょっといい考えがあるから。ほっほっほ。」
そうして、フロルの知らないところで、ウィンクラー夫人とリーリアは手を結んでいたのである。
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