伯爵夫人への追想(2)
四人は困った。
もしも、目の前に泣き崩れている女性がいたら
「どうなさいましたか?お嬢さん。」
などと言いつつ、そっと手を差し伸べ、ハンカチの一枚でも渡してあげる。
というのが、正しい騎士としての態度だろう。しかし、そういうレベルではないくらいの泣き方なのだ。
そして、ついでに言うと今四人は誰一人としてハンカチを持っていない。なぜなら、持っていた荷物ごと川に飛び込んで、全員ハンカチを洗濯中だから。
伯爵夫人はいつまで経っても泣き止まない。
ここが墓場という不気味さも忘れ、四人は顔を見合わせた。
すでになす術もなく、十分近く四人は物陰に突っ立っている。
「・・・人、呼んで来ようか?」
という限りなく消極的なマクスの意見に誰も反対しなかった。
館の方でも、伯爵夫人を探しているかもしれないし。
マクスとヴェルの二人が館へと走り出した。
とりあえず、残ったアレクとユーリが二人で伯爵夫人を見守った。本当に見ているだけだったが。
「・・・情け無い。」
アレクが身を隠していた大樹にすがりながら、しゃがみ込んだ。
「涙を流さない人間は悲しんでいない、と勘違いするなんて。」
そう言って、頭を抱える。
「恥ずかしいよ。」
ユーリも同じ気持ちだった。自分はなんて思いやりが無かったのだろう。
彼女は呆然としていただけだったんだ。悲しみに己を失っていたのだ。涙を流さなかったのは、彼女の誇りだったんだ。それに気づいてあげられなかったなんて。
だけどアレクはすごいと思う。恥ずかし過ぎて自分は「恥ずかしい」という言葉が出てこない。それを口に出すのは、つまらないプライドが邪魔をする。
マクスとヴェルが戻って来るまでの時間が、ユーリにはとても長く長く感じられた。
やがてマクスとヴェルは、ウィンクラー夫婦を連れて戻って来た。
「こんな所で何をやってらっしゃるのですか⁉︎」
ウィンクラー夫人が、伯爵夫人を墓から引っぺがす。
「泣いているの!お願いだから泣かせてよ!」
「泣くなら部屋で泣いてください。恋人募集中、と鳴いているフクロウの邪魔になるでしょうが。」
そのまま、夫婦は伯爵夫人を引きずって館の方へ消えて行った。
それを無言で見送りながら、四人はしばらくそこから動けなかった。
墓参りに来たはずなのに、すっかりその気がなくなってしまった。
どんな哀悼の言葉も、彼女の涙の前では何の意味も無いような。そんな気持ちになっていたから。
翌日。
帰り支度をしながらユーリはずっと悩んでいた。
このまま帰ってしまって本当にいいのだろうか?伯爵夫人の力になりたいと思っていたのに、何もしないままで後悔しないだろうか?
しかし、一度「帰る」と言ってしまった以上、「やっぱり帰りません」とは言い辛い。
こちらの館の人にだって『都合』というものがあるだろうし。
だが、今帰ってしまったら、もう二度と伯爵夫人に会う機会は無いだろう。
自分と彼女とでは身分が違う。雲の上の身分の方だから。
ぐるぐると悩みながら、馬に鞍をつけていたところ、突然目の前の茂みが揺れ、伯爵夫人が同じくらいの年頃の少女の手を引き、そこから飛び出して来た。
「助けてください!」
と叫ぶ姿は、事情こそ全くわからなかったが、真剣そのものだった。
ユーリは迷わず手を差し伸べた。
彼女の力になりたい。その為にこの街へ来たのだから。
「馬の名前、もう考えた?」
突然声をかけられて、ずっと思索に耽っていたユーリは、はっとした。
振り返るとアレクが水の入った桶を手に持って立っていた。
自分の馬に水をやりに来たのだろう。
「ああ。グリューン、にしようと思う。」
「緑か。いい名前じゃないか?」
その馬は、体のパーツのどこにも緑色の部分は無い。だが、ユーリは、他の名前は考えられなかった。
自分がもらった馬のたてがみをなでながら
「嬉しいな。」
とアレクは言った。
「いい馬をもらえたから嬉しいんじゃなくて、私達のした事を当たり前とか思っていないで、感謝して、忘れないでいてくださった事が嬉しいな。」
ユーリは返事をしなかった。
アレクと全く同じ気持ちだったから。
その気持ちが強過ぎて、口を開くと涙がこぼれそうな気がして、口を開く事ができなかった。




