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新緑騎士団  王都No.1人気の騎士団に男装して潜入し、生き別れた兄を探します  作者: 北村 清
第二章 王都へ

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王太子と婚約者

ドアの外でざわめきが聞こえ、刺繍をしていたジゼルは手を止めた。


腹心の侍女であるサビーネが部屋の中に入って来て、王太子であるフリードリヒの来訪を告げる。ジゼルはすぐに立ち上がった。


「ようこそ、お越しくださいました。殿下。」

「久しぶりだね。元気にしていたかい?」


フリードリヒは婚約者に柔らかく微笑みかけた。


フリードリヒは22歳。現国王の唯一人の子供である。西方の国から嫁いで来た母親の王妃によく似た顔立ちで、少し線の細いタイプだが、なかなかのハンサムだ。

王子は男にしてはおしゃべりな、つまり話好きな性格だった。病弱でほとんど寝たきりだった、母親の淋しさをまぎらわす為必死になってしゃべっていた子供時代のくせがぬけないのだろう。

だからフリードリヒと一緒にいると、ジゼルは自然聞き役になる。


だが、今日のフリードリヒは、ジゼルに何か聞きたそうだった。


「グリューネバルト伯爵夫人が今日来たのだろう?」

「はい。」

「どんな人だった?」

「そうですね。可愛らしい感じの方でしたわ。」

「・・・。」


可愛いね。。フリードリヒは考えた。


『可愛い』という言葉は実に微妙な言葉だ。『美人だ』『上品だ』『才女だ』という言葉は、通常そのまま事実をさす。しかし『可愛い』という形容詞は、事実をさすとは限らないのである。


『可愛い』という言葉は、本当に可愛いものを指す時もあるが、他にも小さなもの、希少なもの、保護欲を掻き立てるものなどを指したりもする。その指し示す範囲があまりにも広い為、『可愛い』という言葉は時に『褒めるところがないもの』を褒める、唯一の言葉になったりするのである。


フリードリヒは少し意地の悪い言い方をした。

「『美人』という噂は全く聞かないもんな。」

「・・殿下。」

「あの、女好きなヴェルギールさえ、一言も褒め言葉を言わなかったぞ。」


ユリウス、ヴェルギール、マクシミリアン、アレクサンデルの四人がグリューネバルト領から帰って来た後、フリードリヒは四人に伯爵夫人の事を聞いてみた。

ところが。


ヴェルギールが楽しそうに何かを喋ろうとした瞬間。両サイドから、ユリウスとアレクサンデルの二人が

「ヴェル!」

と叫んで言葉を遮ったのである。


ヴェルギールが口を開けたまま黙り込むと、マクシミリアンがにっこりと微笑み

「雪の重さにしなっても、決して折れない柳の枝のように弱そうに見えても一本すっと、筋の通ったような心強き方でした。それでも立ち直られるのに、今、しばしの時が必要かと思います。」

と言った。


『何か』あったのだろうとは思うが、ユーリとアレクの二人は絶対に口を割らないだろうし、ヴェルもユーリとアレクが側にいたら決して喋らないだろう。今度、周囲に人がいない時に、ヴェルにこっそり聞いてみるしかあるまい。


「そういえば、ユーリの事だけど。」

フリードリヒは話題を変えた。


「先週、黒蝶団という賊の大捕物をしただろう。」


黒蝶団というのは、半年くらい前から王都を騒がせていた盗賊団で、金持ちや貴族の家だけでなく庶民の家まで荒らし回って、王都の人々を恐怖に陥れていた。

なので、新緑騎士団をはじめ各騎士団が夜廻をして、警戒を強めていた。

そして、ついに先週、夜廻をしていた新緑騎士団員が襲われている館から悲鳴が聞こえてきたのを耳にし、深夜の大捕物に発展したのである。


王都を騒がす賊を見事捕らえて、ますます名を上げた騎士団だったが、その時第一隊・体調であるユリウスの愛馬のローエンが賊により深い傷を負った。

ユリウスはこの一週間、懸命に愛馬の手当てをしたが、治療の甲斐なく今日息を引き取ったのである。


「感情をめったに表に出さないあいつが、はっきりわかるほど落ち込んでいたよ。可哀想に。」

「ローエンは、ユリウスが騎士団に入った時からずっと側にいた、ユリウスの一番の親友でしたから。」

ジゼルが哀しそうにつぶやいた。


「それで思ったんだが、今、馬市をやっている真っ最中だろう。ユーリに一頭、馬を買って贈ってやろうかと思ってな。」

「それはなりません!殿下。」

ジゼルがぴしゃりと言った。


「団員の一人を特別扱いする事があってはなりません。特別に扱われた者には驕りが生まれるでしょうし、他の者達の心には、妬みや嫉みを生む事になります。どちらにしても、それはユリウス自身の為になりません。」

「・・・そうだな。」

フリードリヒはつぶやいた。


それと同時に思う。


やはりジゼルは素晴らしい女性だ、と。


ユリウスはジゼルの従弟にあたる。だが、ジゼルは騎士団のデイムをしていた頃から、決してユリウスを特別扱いはしなかった。

そこが、ローゼンリール侯爵夫人と違うところだ。彼女は自分の身内の者を、国王に頼んで次々と政治上の要職につけていた。


同じ不公正さが、いつの間にか自分の心の中にも芽生えていたのだろう。それが大きく葉を広げる前に、ジゼルがそれを教えてくれる。

フリードリヒはジゼルの事が頼もしかった。


「グリューネバルト伯爵夫人は、またここに来られるかな?」

フリードリヒは、会話をまた元に戻した。

「いえ。きっともうおいでにはならないでしょう。」


ジゼルがそう言ったので、翌日グリューネバルト伯爵夫人からジゼルに面会の申し込みがあったと聞いて、フリードリヒは大変驚いた。

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