王都の真珠
グリューネバルト領を出発して四日。フロルはついに、王都へたどり着いた。
川を上って行くと大きな城壁が見えてきて、城壁の周りに巨大な水路があり、そこにだくだくと川の水が流れている。
『大きな河の上に座す水の女王』。それが、この王都の別名だった。
船は水門を越えて、王都の中へ入って行った。
「フロル様。ここが第七地区です。」
と、クリスが教えてくれた。
「商店や問屋などが多い地区ですよ。」
水門を一つ越えるごとに、第六、第五と地区が変わっていく。
第四地区まで上がって来ると、川の中に巨大な中洲が見えた。大きく古い建物が幾つも建っているのを、横目で見ながら通り過ぎる。
「大きな中洲ですね。」
「王都一の歓楽街、中の島です。」
歓楽街というのは、お酒が飲めて、綺麗なお姉ちゃんがいて、お泊まりも可能な店もあるという場所の事だろう。どこの街にも絶対あって、絶対無くならない、必要悪な場所なのである。
さらに水門を一つくぐり、第三地区に入ると街の景色は一変した。今まではやたら古い建物が多いという気がしたが、街が魔法にかかったかのように美しくなったのである。
白い壁。赤茶色の屋根の家々。道も白い石で、美しく舗装されている。川の水までキラキラと光を反射して輝き、空気の色さえ違うようだった。
「綺麗ですね。」
「そうですね。第三地区から先が、いわゆる高級住宅地ですから。特に川沿いの土地は一等地とされているんですよ。しかも、川の西岸より東岸の地域の方がより格上という事になっております。」
クリスの答えに、フロルは首を傾げた。
「何でですか?」
「東側に住んでいる人達は、川に映る夕日を見る事ができるからです。」
その第三地区東岸に、エーススラウシュ男爵家の館があった。レンガ造りの可愛らしい館だった。
「ぜひ、遊びに来てくださいね。」
と言って、男爵夫人は船を降りられた。四日の間に男爵夫婦や家来の方々とすっかり仲良くなっていたので、フロルはちょっぴり淋しかった。
船はさらに上流に進んで行く。第二地区に来ると、川の側は見た事もないような豪邸ばかりになってきた。
そして第一地区!
フロルは唖然とした。フロルの常識では測れないような建物ばかりなのだ。
一つ一つが、グリューネバルト領にある領主様のお城くらいでっかい。何という贅沢だろう。世の中には、川沿いに建てたほったて小屋に住んでいる人もいるというのに。
「うぐっ!」
フロルは声を詰まらせた。東側に信じられないくらい趣味の悪い建物が現れたのだ。
真っ黄色の壁に、出窓の色はピンク色、バルコニーの色は白と薄紫。そこに緑のツタが絡まっている。まるで、カビのはえたレモンのようだ。
「ローゼンリール侯爵家の館です。」
「・・・すごいですね。」
それ以外にフロルには言う言葉が無かった。アレがグリューネバルト家の館でなくて良かった。心からそう思う。それにしても、ローゼンリール侯爵夫人という人は、あの館に何の疑問も感じていないのだろうか・・・?
「あの、グリューネバルト家の館ってまだですか?」
「ええ、もう少し先です。」
「はあ。」
フロルは首を傾げた。今までの感じからすると、川の下流より上流の方がより『はいそ』な土地という感じがする。となると、グリューネバルト伯爵家はローゼンリール侯爵家より、川下にあるべきではないだろうか?伯爵家の方が侯爵家より格が下なのだから。
「それは、グリューネバルト家の歴史と関わりがございます。」
フロルの疑問を受けてクリスが説明を始めた。
「フロル様は、我が国が建国されてどれくらい経っているかご存じですか?」
「ええと、350年くらいです。」
「はい。しかし、我が国には建国当時から存在する貴族家は、たった三つの家しかないのです。アーデンヴェード公爵家、マリーンシェルド伯爵家、そして我がグリューネバルト伯爵家です。」
この国の建国の祖は、リツハルト一世という王様だった。移り変わる政治情勢の中で、こすっからい手を使って大国から独立し、近くの小国を吸収合併して『水の女王』とも呼ばれる国を造りあげた。
現国王ヴィルヘルム三世は、リツハルト一世の直系の子孫であるが、350年の間一度も王家で内紛が無かったなどというわけは無論ない。実の兄と男が、また叔父と甥が王位を争い血を流しあったという事も度々あった。国王を殺して王位と王妃を奪った将軍が、たった二週間で王弟に王位を奪い返され処刑されたという例もある。
争いが起こる度ごとに、貴族達の立場は二つに割れた。正当な王位継承者を支持するか。才能ある野心家に肩入れして自己の栄達をはかるか。そうして、負けた貴族達は爵位と領地、時には命までも奪われ、勝った方についた人間達が新たな貴族として爵位を与えられた。ようするに、グリューネバルト家は常に風が吹いてくる方向を正確に読み取り、一度も間違う事なく今日に至っているのである。
自分の味方した人間が王位につく度、グリューネバルト家は領地と財産、王宮内での発言権を増し加えていった。その影響力はもはや新参の公爵家や侯爵家をはるかにしのぐ。
亡きグリューネバルト伯爵に、ローゼンリール侯爵夫人とその一党共が頭が上がらなかったのは、何も伯爵がお金持ちだったからだけではけしてないのだ。
「つまり、歴史の古い家ほど上流にあるって事ですね。」
「そうですね。フロル様、王宮が見えてきました。」
川の西岸、東岸、その間の中洲をまたぐ形で建つ巨大な建造物。それが王宮だった。というか、川の上に建物が建っていたら湿気がすごいんじゃないの?と思うんだけど。
「フロル様。王宮の手前東側に、えんじ色の建物があるのが見えますか?」
「はい。」
「あれがアーデンヴェード公爵の館です。そしてその手前東側にある白亜の建物、あれがグリューネバルト家の館です。」
それは、美しい建物だった。周囲の建物群の中でも群を抜いて美しかった。
白い壁。緻密な模様を施した柱。形の美しい窓。壁を覆うつた。まるで、童話の中に出てくるお城のようだ。人を威圧する迫力ばかりが目立つ王宮よりもずっと趣味がいい。
「綺麗・・。」
「王都の真珠と呼ばれる館です。外国から来る大使達の間でも、最も評判がいいんですよ。」
船はゆるやかに速度を落とし、その白い館の前に止まった。
そうしてフロルは王都にその一歩を踏み出したのである。
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