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新緑騎士団  王都No.1人気の騎士団に男装して潜入し、生き別れた兄を探します  作者: 北村 清
第二章 王都へ

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川の側の街

グリューネバルトを出て二日後。フロル達一行はラングーンという街に到着した。ここは国で一番大きな大河エリワス川の最下流にあり、川と海がちょうど交わる所にある。川沿いの街と海沿いの街、さらに遠くの外国の街のあらゆる交易品で街は賑わい、街の大きさはグリューネバルトの領都をはるかに超える。川の側に建つ巨大な館や、海に浮かぶ大型船が、金持ちの多い街なんだなあ、という感想をフロルに抱かせた。


この街に半日留まり、様々な物資を調達するとの事で、半日ほどフロルは街を自由に歩ける事になった。もちろん護衛はつくが。

「ここから先は、川沿いを進むので、今までとはかなり景色が違ってきますよ。四つの貴族領を通りながら王都へ行くのです。」

そう教えてくれたのはウィンクラー夫人である。東方の果物というザクロのジュースをおごってもらい、それを立ち飲みしながら街を歩いていた。

「その貴族達が、それぞれ関所を設けて税金を取るものだから、王都の物価はとても高いんですのよ。この街の2倍から物によっては、5倍くらい。」

「はあ。」

「だから、ここは買い物をするには本当にいい街ですわ。私も年に二、三度はここに服やアクセサリーを買いに来るんです。フロル様。欲しい物があったら何でも行ってくださいな。いい店を紹介しますから。」


10メートルくらい先の出店で、ルーカス、クリス夫婦と、エーススラウシュ男爵夫婦が、四人で仲良く買い物をしているのが見えた。ウィンクラー夫人は、アイゼナッハ夫人やエーススラウシュ男爵夫人と同じくらいの年齢である。となると、ルーカスやクリスくらいの年の子供がいてもおかしくないはずだが、子供の話を聞いた事がない。


「買い物には、ご主人と一緒に行くのですか?それとも、お子さん?」

「たいてい一人ですよ。まあ、荷物持ちは連れてきますけど。夫は買い物が嫌いだし、子供はいませんしね。」

「・・あ、そうですか。」

「ふふ。子供はとても欲しかったのですけれど、まあ、しかたないですわ。子供は神様からの賜り物ですもの。」

「はあ。」

「だから、カトラインの事が羨ましくって。よく考えたものですわ。あの人と結婚していなければ、私がフロル様の養母に選んでもらえたかしら、って。」

「?」

「夫は、七大老家の当主でしょう。そうなるとどうしても、子供の存在を伯爵様の母上の目から隠せませんからね。」


つまり、フロルの養父は限りなく平民に近い、下級貴族だったから、養子先として選ばれたという事か。


ウィンクラー夫人と、フロルの養母カトラインは幼なじみだったらしい。同郷の人間で、年も同じだった。とても仲が良く、そして二人とも実子に恵まれなかった。

フロルの目には、ウィンクラー夫人は、とても恵まれた立場の女性に見える。きっと、この人はサイフの中身と相談しながら買い物をしたり、お腹を空かせて夜眠ったなどという経験は無いだろう。そのうえ、養女も欲しかった、とかいうのは贅沢な悩みなのだ。なのだけど、フロルは嬉しかった。ウィンクラー夫人の優しさが心に沁みた。

「いつか私が結婚して、もしも子供が生まれたら、一番最初に抱いてやってください。」

「・・・フロル様。」

ウィンクラー夫人は、フロルを抱きしめた。少し涙ぐんでいるかのようだった。



水と食糧を積んで、船は王都へと向かった。


美しい街は平野へと変わり、たくさんの牛や羊が放牧されている。やがて川が少しずつ細くなると、平野は丘に変わり、新しい街が見えてきた。


「ラングーンとはかなり違いますね。街も小さいし。」

フロルが言うと、クリスは苦笑混じりに答えた。

「ラングーンほどの街はなかなかありませんよ。大きくて、豊かで、清潔で。」

確かに、たくさんの集落が近づくにつれ、異臭が漂うようになってきたのである。


「街の下水や生活排水、ゴミや死体まで捨てているんです。フロル様。絶対に街に降りても、生水を飲んじゃダメですよ。」

「ええっ!そんな汚い所に住んでて、街の人は病気にならないんですか⁉︎」

「そりゃ、なるでしょうけれど。」

「なのにどうして、そんな街や川を汚くしとくんですか?」

「何ででしょうね。街を治める領主様は、綺麗なドレスや宝石で身を装う事には興味があっても、街を綺麗にする事には興味が持てないんでしょう。」


フロルが見つめる視線の先で、川魚が一匹、ぴちゃっとはねる。

「こんな川で、魚とか食べられるんですか?」

「食べない方がいいですよ。だいたい、この辺りでは、魚は貧乏人の食べ物という事になっています。」


グリューネバルト領でだって、肉より魚の方が格段に安かった。だがそれは、海で魚がいくらでもとれたからである。

魚をとって生計をたてる漁師は多かったし、市場ではいつも魚があふれていた。少々貧乏な家でも魚は安かったので買う事ができた。肉は、特別な日の料理という気がしたが、魚は毎日でも食べられたのである。

だが、魚の塩焼きを食べている時も、すりつぶして団子にした小魚のスープを食べている時も、なかなかな臭いを発する発酵させた魚をつついている時も、惨めに思った事は一度も無かった。むしろ、海の側に生まれて、自分は本当にラッキーだな。と思っていた。


「まさか、王都もこんな感じって事はないですよね。」

「何をおっしゃいますか、フロル様。もちろん、こんな感じに決まっているじゃないですか。」

「・・・。」

「ただ王都は、王宮の近くから順に第一地区、第二地区とあって、第七地区まであるんですけれど、第一地区から第三地区までの間では生活排水を捨ててはならない事になっています。グリューネバルト家の館は第一地区にあるので、館の前の水は綺麗です。」


そう言われても、あまり愉快な気持ちになれない。

船から見える川原では、明らかに貧しそうな人達がほったて小屋みたいな物を建てて住んでいる。屋根のある人達はまだマシで、ゴザのような物だけをひいている人もいた。今は冬で、これからますます寒くなっていくというのに、この人達はここでどうやって生きていくのだろう。この人達は、目の前の川の水を飲み、目の前の川でとれる魚を食べ、目の前の川で体を洗うのだろうか。


街が遠ざかると、胸の悪くなるような臭いもおさまり、美しい谷に茂る木々が目に映る。

だが、次の街が見えてくるとまた川は悪臭を放つようになり、フロルの気持ちを物悲しくさせるのだった。

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