双子の男の子
ウィンクラー夫人は、妙な顔をしてフロルを見つつも、とにかくまず新緑騎士団の四人に何かの包みを渡していた。
「わずかですが、お弁当を用意させて頂きました。それにしても、こんなに早くお帰りになるなんて残念ですわ。もう少し、いて頂きたかったですのに。」
「いえ。」
「道中お気をつけてください。山道には追いはぎも出ますので。でも、皆様なら別に心配ないかしら。いつかまた、機会があったらぜひこちらにお立ち寄りくださいね。いつでも歓迎いたしますわ。伯爵様はお亡くなりになられたけれど、私共は皆伯爵様と同じ心で皆様の事を思っております。困った事があった時には、どんな事でもお頼りくださいませ。」
いくら相手が、若いイケメン集団とはいえ、気持ち悪いほど親切なお言葉である。少なくとも、昨日伯爵の親戚達を相手にしていた時とは、二人そろって顔つきから違う。
「ありがとうございます。」
そう言って金髪の青年が静かに微笑んだ。無表情でいると、冷ややかな雰囲気のある人だったが、微笑むとその冷たさが取れて周りを七色の光が取り囲むかのようだ。よく、美人は三日で飽きるなどと言われたりもするが、この人なら三日見ても見飽きる事はないだろう。まるでギリシャ神話のアポロンのようだ。会った事ないが。
「それではお言葉に甘えて、一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
美しい唇から紡がれる、その声がまた美しい。
「何ですか?」
と、ウィンクラー夫人が笑顔で返事をした。
「街の方で放火騒ぎがあって、犯人の女と共犯の男を探しているそうですね。その為、関所は通行証の無い人間を通してくれないと聞きました。実は私達は、王都を出る時王都の役所で旅行証明書を発行してもらったのですが、川へ飛び込んだ時に失くしてしまったようなのです。この地に市民権を持たない私達が証明書を再発行してもらうには時間がかかるでしょうし、良ければ私達五人の身元保証人になってもらえないでしょうか?」
「五人?」
「はい。私達四人と、そこにいる娘です。」
ウィンクラー夫妻はフロルの陰でフードを深く被っている少女に目をとめた。
「誰ですか?」
「旅の最中野宿をするのに、食事の準備をさせる為に連れて来た娘です。」
「・・・へえ。」
ウィンクラー氏の声が急に冷たくなる。
そりゃ、そうだ。
彼らは、三日かけてこの街へ来たのだ。つまりその間ずっと、この娘も一緒だったという事になる。
夫婦でもない男女が一緒に泊まりがけの旅をするなんてあり得ない。絶対、今ウィンクラー氏はリーリアの事を娼婦だと思っているんだ。
娼婦連れで旅をする、若い男の集団って、はっきり言って最っ低な男達である。
「五人分でいいんですね。」
「はい。」
「その前に、あなた顔を見せてくれる。」
ウィンクラー夫人がリーリアにそう言った。やばい。猛烈にやばい。
何かウィットにとんだ話術で話を誤魔化さなければ。
アルミ缶の上に有る蜜柑。とか言ってる場合じゃないし!
何かないだろうか?話題?いい話題?とにかく、空気が変わるような。・・・あった!
「あの、私ですね。お二人に聞きたかった事があるんです!」
「ああ、少し待ってもらえますか?はい、顔見せて。」
「あの。双子の、男の子の事をっ!」
反応は劇的だった。
ウィンクラー夫人は、目をくわっ!と見開いてフロルの方を振り返り、ウィンクラー氏は、毛むくじゃらの太い腕を回してフロルの口を押さえ込んで、はっはっはっと乾いた笑いを絞り出した。
「ささ、伯爵夫人こちらへ。マレーネ、ほら、さっさと身元を保証しますと一筆書いて、騎士団の皆さんにお渡ししなさい。では、皆さんご機嫌よう。ほら、マレーネ、おまえも早く来なさい。」
そのままウィンクラー氏はズルズルとフロルを引きずっていく。マレーネことマグダレーネ、ウィンクラー夫人は何かを紙に書いてから、すぐこちらへやって来た。
フロルはそのまま、中庭まで引きずっていかれた。ずっと鼻と口をふさがれているのですごく苦しい。
「く・・苦・・・。」
「フロル様ー!こんな大事な事を人前で口に出してはなりません‼︎」
「はあ。」
「とにかく。こんな場所では、誰が聞いているかもわかりませんから話せません。ひとまず部屋へ戻りましょう。マレーネ、おまえはフロル様と一緒に部屋へ。私はアイゼナッハ夫婦を呼んで来るから。」
そう言って、ウィンクラー氏は走り出す。
フロルは厩舎の方を振り返った。
あの人。
何の事情も聞かずにリーリアを助けてくれたんだ。自分の名誉を傷つけてまで。
何ていい人だろう。何て優しいんだろう。死刑囚を匿ったら自分だって同罪なのに。
「フロル様。行きましょう。」
「はい。」
どうかリーリアとあの四人の青年達が無事王都まで帰れますように。
心からそう思った。
いつも読んでくださり感謝です。とっても嬉しいです( ◠‿◠ )
次回で第一部終了になります。第二部からは王都編となります。




