霊園にて
その夜、フロルは一人で墓場を歩いていた。広大な伯爵家のお城には、敷地内に先祖代々の墓がたてられた霊園があるのだ。
昼間でも薄気味悪い場所だが、昼間に来る時間がなかったのだから仕方がない。
それでも、人に強制されて来たわけではなく、自分が行くと決めて来た場所なので、不思議と全然怖くなかった。フクロウが羽ばたく音も、風が草を揺らす音も、むしろ耳に心地良かった。
フロルは、まっすぐ一つの墓を目指していた。その墓は、昼間なら最も明るく暖かい場所にある。夜もまた、雨上がりの月の光を受けて、白く美しく輝いていた。
実の父である、グリューネバルト伯爵の墓である。
「お父さん。」
フロルは墓の前でそうつぶやいた。
「ごめんね。何にもしてあげられなくて。親孝行できなかったね。お父さん。お父さん!」
フロルは泣いた。
目が腐りそうなほど泣いた。
足から力が抜け、墓の前にしゃがみ込み、その墓に寄りすがって泣き続けた。いつまでも泣き続けた。
涙を止めようとは思わない。今は泣きたい。涙が枯れるまで泣き続けたい。
明日からは、強く歩んで行くから。だから、今日だけは。
「今日、親戚の人達に会ったよ。嫌な人達ばかりだったね。」
あのフェリックス夫人でさえ、ましと思えるほど嫌な親戚達だった。
伯爵の従兄弟の息子という人とその母親が、自分の次に財産を相続する権利を持っていたようだが、二人は、伯爵が死んだのはお前のせいだ、グローリエと結婚していればみんなが幸せになっていたのに、おまえが伯爵をたぶらかしたからみんなが不幸になったのだ、と責めた。そして、おまえのように身分の低い卑しい女に、伝統あるグリューネバルト領を渡すわけにはいかない。この厚かましい疫病神!と罵った。
半日前のフロルだったら、浴びせられる暴言の数々に落ち込んだだろう。自分が逃げるなり、抵抗するなりしていたら、伯爵は死ななかったかもと自分を責めただろう。
でも、今は違う!もしかしたらこいつらが、グローリエさんを唆して自分を殺そうとし、挙句に伯爵を死に追いやったのかもしれないのだ。
「大奥様が生きていてくださったら、おまえのような下賤な女、一歩たりとも城内に足を踏み入れさせたりなどさせられなかった事でしょうに。」
そう言われてフロルの中の、不快指数が跳ね上がった。こいつ、去年死んだばーさんと仲が良かったのか。という事は、私の実母殺しにも一枚かんでいたんじゃあるまいか?
フロルは紅茶をすすりながらひたすら無言でいた。そんなフロルに対し、女のボルテージはどんどんと上昇していく。このまま、ついうっかりとなんか自白してくんないかなー。とフロルは考えていた。このままだと、血圧がどんどん上がって脳卒中でも起こしそうな勢いだなとも思うが、たとえそうなったとしても同情する気はひとかけらも無い。
「とにかく、身の程をわきまえる事ね。財産を放棄して早くここから出ていきなさい!」
「いいかげんになさい。フロル殿に対してあまりにも不躾ですよ。」
そう口を挟んできたのは、29歳独身の、伯爵のまた従兄弟という男だった。
季節は秋で、日が暮れるとかなり肌寒いというのに、これから内科の診察でも受けるのか?と、聞きたくなるくらいシャツの前ボタンを開けている。好色な性格が、全身の血液と共に体中を巡って、汗腺から噴き出しているかような気色の悪い男で、フロルと再婚して財産を手に入れたい!という態度を隠しもしないところにドン引きした。
というか、貴様ら、まずは伯爵の死を悼めや!
この親戚同士は、親戚同士でも仲が悪いらしく、「破産寸前の、ギャンブル狂!」「母親に言われなければ、何一つ自分ではできないマザコン男!」と口汚く罵り合っている。
こいつらのどっちかが、伯爵様を殺したのだろうか?どちらも怪し過ぎて、決めてに欠けてしまう。
人を疑いながら生きる事は辛い。
だがフロルの父も、その重圧に耐えながら生きてきたのだ。
権力や富を持つのは、時に辛い事だが良い事もある。一年前、新緑騎士団の命を贖う事ができたのも、父がお金持ちだったからだ。
良い事に使われれば、力も金銭も価値を持つ。
せめて、あの父に恥ずかしくないよう、父の遺産を守っていかなくては。
少なくとも、この親戚共にそれらを渡してしまうのは『恥ずかしい』事だと、つくづく思った。
ずっと、ずっと。
フロルは、墓の前で泣き続けた。悲しかった。父と暮らしたかった。話が聞きたかった。父の名に恥ずかしくない生き方ができるよう、父の助言が欲しかった。父を愛したかった。
「私・・・また一人ぼっちになってしまった。」
いつまでもフロルは泣き続けた。




