裏の畑でポチが鳴く
さわやかなる秋の午後。
裏の畑でポチが鳴いていた。
表の大通りでは、たくさんの人達が声をあげて泣いていた。
その、大通りの大声を聞きながら、大聖堂に並べられた椅子の中で一番良い椅子に座っていたフロレンティーナはうたた寝をしていた。突然背中に衝撃が走る。
「ぐーぐーぐーぐー寝ている場合ではありません。フロル様!」
フロルの背中を殴ったのは、ウィンクラー夫人である。まだ、半分眠っている状態のフロルの耳元に夫人は口を寄せ、声をひそめてこう言った。
「フロル様。あなたはこの場にいる人間みんなから注目をされているのです。ですから、目の下にツバをつけてでも泣いているフリをしてください!」
「でも、人生で三回しか会った事のない人間の葬式なんて悲しくないし・・・。」
「悲しいとか悲しくないという以前の問題です!世界中の誰でもない、あなたの夫の葬式なんですよっ‼︎」
・・・。
フロルは大きなため息をついた。
何でこんな事になっちゃったのかなあ。
この一週間、何回繰り返したかわからない。同じ問いをフロルは心の中で繰り返した。
何でこんな事になってしまったのか?
その全てが始まってしまったのはきっとあの日だと思う。
あの日もよく晴れた午後だった。大学の門の側で親友のリーリアが手に大きな袋を二つ持ってフロルを待っていた。フロルはグリューネバルト大学の外国語学科に通っていた。
「ねえ、ねえ、大ニュースよ。大ニュース。領主様がね。花嫁探しパーティーを開くんですって。」
リーリアは、開口一番そう言った。
「花嫁探しパーティー?」
「そうよ。領地中の若い娘を招待するんですって。独身であれば身分は不問だそうよ。」
『領主様』と『花嫁探しパーティー』。なんだか似合わない言葉である。
グリューネバルト方伯領。それが、フロル達の住んでいるこの領地の名前だ。
治める領主はグリューネバルト伯爵。一応、独身。子供もいない。でも、確か今年で58歳なのだ。
もちろん58年間ずっと独身だったわけではない。一度奥様との死別を経験していらっしゃる。・・らしい。
らしい、というのは、伯爵夫人が亡くなったのがフロルが生まれるよりも前の話なので、見た事も会った事もないからである。
「今更再婚されるの?私、領主様は独身主義者なのかと思ってた。何で、今になって?」
「先月、領主様のお母様の喪があけたからよ。」
リーリアが、ちっちっちっ、と指を動かしながら言う。そういえば、一年前の今頃亡くなられたんだっけ。死因は脳内出血という事だったけれど、80まで生きたのだから大往生と言えるだろう。
なるほど。と、フロルは思う。領主様は一人っ子で兄弟がいない。お母様だけが家族だったわけだ。そのお母様が亡くなって寂しい気持ちになったのだろう。その気持ちはよくわかる。フロルにも家族はいないから。
「招かれているのは、グリューネバルト領出身で年は15歳から25歳の間の、独身の娘よ。」
「えらく年齢制限細かいわね。10歳以下とか40歳以上とかは駄目なのね。」
「当たり前よ。だって、結婚の目的は子供を作る事だもん。領主様は58歳。明日、突然死したっておかしくないのよ。一日でも早く子供を産んでくれる女性でなくっちゃ。」
いや、まだ突然死はせんだろう。失礼なセリフだな、と思いつつフロルは言った。
「領地中から集まるとなるとすごい数だろうね。」
グリューネバルト方伯領は、かなり広い領地なのである。
「そうでもないわよ。だってパーティーって今夜だもん。つまり、領地の端っこに住んでいる人達は間に合わないから来られないわ。実際、集まれるのは領都の人くらいよ。この街に住んでいる人が、ほぼ2万人。半分は男のはずだから女性は1万人。その中で15歳から25歳となると約2千人。でもよ。女性の結婚適齢期ってだいたい、16歳でしょう。16歳を過ぎて結婚してないなんて、よっぽどモテないか、ローザ姉さんみたいに高望みしててもっといい男はいないかと探しているか、あんたみたいに大学で勉強しているかよ。」
「そうだねえ。男の人は大学生でも結婚してるって人けっこういるけど、女性で、大学行ってて結婚もしている人ってほとんどいないもんね。」
「そう、そして大学へ行っている女の子は、ほとんどグリューネバルト領以外の領地から来ているのよ。だって、この国で女の子でも入れる大学があるのは、大学都市とここだけだもん。となるとパーティーに行く人数はどっと減るわ。200人もいるかどうかってとこじゃない。それに、いくら身分不問って言ったって、パーティーに来て行ける服を持っていない貧乏人は来ないわよ。他にも独身主義とか、おっさんは嫌とか、結婚はしてないけど恋人がいるとか、そういう人は来ないだろうし、まあ50人来るかどうかってところじゃないの。」
「ふむふむ。」
「そのパーティーに、一緒に行こう。」
「はあっ?」
フロルは叫んだ。確かに、自分もリーリアもパーティーに参加する為の全条件はクリアしている。グリューネバルト領の領都民でフロルは17歳。リーリアは16歳。性別は女で、二人揃って婚約者も恋人も無し。だけど・・・。
「嫌だよ、私。」
「何で?」
「だって、選ばれるわけ絶対ないもん。そんな恥ずかしい。身の程知らずのブスと笑い者になるのがオチだよ。」
「何言ってんのよ、あんた。選ばれなくて当然でしょ。あのねえ、牛の競り市じゃあるまいし、仮にも領主様が『はい、じゃあこの娘』って、一目見ただけでヨメを選ぶわけないでしょ。きっともう、花嫁は決まっているのよ。私が思うにきっと、身分があんまり高い人じゃないのね。だから箔をつけたいのよ。領地一の美人ってね。女の子をいっぱい集めて、『一番の美人と結婚する』と言う。そしたら選ばれた人は、領地一の美人って事になるでしょ。美醜の基準なんて人それぞれだから余程のブスでない限り『ふーん。領主様はああいうのがタイプなのか。自分は、あっちの方が好みだけど』とみんな納得するのよ。」
「なるほど。」
「だから、花嫁選びなんてどうでもいいのよ。大切なのはパーティーに招かれてるって事よ。領主様主催のパーティーよ。きっと見た事も、食べた事もないようなすごいごちそうが出てくるに違いないわ。そんなごちそう、食べられるチャンスなんて二度と無いわよ。」
「そのパーティー、会費制って事ないよね?」
「んなわけがあるかっ!うちの食堂の10周年パーティーとは違うのよ‼︎」
「でも、私パーティーに着ていけるような服持ってないし。」
「大丈夫よ。じゃーん!」
と言って、リーリアは手に持っていた服を掲げた。
「あんたの分のドレスも買ってきた。たぶん大丈夫だと思うけど、サイズが合うかどうか着てみてよ。私からのプレゼントよ。」
「プレゼントって・・。そんなお金どうしたの?」
「働いて稼いだに決まってるでしょ。母さんケチだから、家の仕事を手伝ってもお金くれないし、よそでバイトしてたの。」
「何の?」
「カキうち。」
「・・・。」
グリューネバルトは海の側の街である。秋から冬にかけてとれるカキは街の特産品で、これ目当てに街を訪れる観光客も多い。だが、硬い殻に覆われたカキの身を取り出すのは至難の業で、カキの身を取り出すカキうちのバイトは多大な忍耐力と怪力を必要とした。少なくとも普通若い娘のするバイトではない。
「せっかくだから着てみてってば。本当ならあんたは、新しい服を百着くらい買ってもらってもいいくらいうちの母さんにメイド代わりにこき使われてるんだからさ。今日ばかりは綺麗な服を着てごちそう食べて楽しもう。このドレスはね。胸の下に切り替えがあるからいくらでもごはんが食べられるのよ。」
リーリアの優しさが嬉しくてフロルは胸が熱くなった。
「見ていい?」
「見てよ、早く。」
袋を開けると中に綺麗なピンク色の服が入っていた。冬の終わりに花をつけるアーモンドの花のような色だ。
「私のは同じデザインの色違いで水色なんだ。パーティーに行くと母さんやローザ姉さんにバレたらどんな邪魔をされるかわかんないからね。家には帰らず、どっかで時間を潰してから領主様のお屋敷に行こ。」
「うん。」
とフロルはうなずいた。
パーティーになんか行かなければ良かった。と。後日どれだけ後悔しても全てが後の祭りなのであった。
新連載です。北村すがやと申します。どうかよろしくお願いします(^◇^)
『侯爵令嬢レベッカの追想』という、ギャグサスペンス作品も書いています。ヒロインが、異世界→日本→もう一回異世界、と移動する話です。こちらも併せてよろしくお願いします!