海と月と檻
ガララッ
教室のドアを開け、一歩踏み出すと、聞き馴染みのある声が鼓膜と心を揺らす。
「ハルくん!おはよ!」
満面の笑みでそう言う彼女に返事をしてから聞く。
「ハルって?」
「いやー地遥くんが店で『ちー』って呼ばれてたからあだ名で呼ぶのに憧れて考えたんだー!」
うーん。安直ではなかろうか。まあ俺はいいし、本人が楽しそうならいいか。
「そっか。聞き慣れないなあ」
まだ人気の少ない教室にはそれぞれで好きに会話をしたり読書をしたりと自由にしていた。初日のような変な緊張感はそこにはなく。
新たな春の終わりを彼女の隣で感じた。
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月は沈み陽は登る。いつもと変わらない朝。
しかし、そこに春の暖かみはなく、外のアスファルトを熱する日と早くに地中から這い出た蝉がアンサンブルを奏でていた。
前まであったコタツは片付けられており、夏特有の質素な部屋に生まれ変わった。
夏は嫌いではない。深い理由はなく抽象的だが、夏には何か心を躍らせる魔法のようなものがある気がするから。それだけだ。
「もうそろそろ出ないとな」
今日はいつものメンバーで水族館に行くことになっている。流石に今日は自転車で街の方へ行くわけには行かないのでゆっくりバスで行くつもりだ。そういえば、みんなに外で会うのは初めてだな。
「おはよー」
待ち合わせ場所である喫茶店に着くと紳助が先に着いていた。青のジーパンに白のパーカーなんとも紳助らしいラフな格好だ。ちなみに僕は下が黒上が白のスウェットで無難な服装だ。
「おはよ。パーカー暑くない?」
「いやー急に今日暑くなってて服装間違えたよ」
少しはにかむ紳助の奥に月さんと水宮さんが来ているのが見えた。
月さんはクジラの絵が描かれている白のブカブカのTシャツにカーキのショートパンツではつらつな夏らしいファッションだ。
水宮さんは黒のトップスに白のデニムを合わせたモノトーンなファッションでクールなイメージに合っている。
「おはようハルくん!何?そんなにジロジロ見て。もしかして見惚れてた?」
「そうかも。似合ってるね」
僕の言葉が少し恥ずかしかったのか耳を赤くして髪の毛先をくるくるといじっている。
「涼原くんは言ってくれたのにあと一人は何もなしかー」
わざとらしく言う水宮さんはイタズラっぽい笑みを浮かべ紳助の方を見る。
「似合ってるよ。ちょー可愛い。てか揃ったんだし早く行こ!」
向こうは言った方が照れて、それを隠すために言葉を紡いだようだった。
仕方なさげに言う紳助の言葉に満足したのか水宮さんの口角は心なしか少し上がっている気がする。
「ここからバス乗って行くんでしょ?」
「そうだよ。紳助くんは道わかってるの?」
「、、、流れに身を任せればいつかは着くだろう」
「これじゃだめね。私がみんなを水族館に連れてってあげる」
堀宮さんの姉御みたいな性格はこういう時すごく頼りになりそうだ。というかこんな一面もあったんだな。かっこいい。
「紗良ちゃん何か、姐さんみたいでかっこいい!」
どうやらここに僕と同じことを考えていた人がいたようだ。
◻︎ ◻︎ ◻︎
「わあすごい!すごいよ!魚がこんなにいる!」
「すげえな!地遥もこっち来いよ!」
目の前にはこの水族館の目玉である巨大な水槽がある。中にはジンメイザメや小さな魚の群れ、エイなどが自由に泳いでいる。
数分前に姐さんの案内で着いた水族館に入ると元気な二人が一目散に水槽へと駆けていった。そんな二人は目を宝石のように輝かせ食い入るようにみている。
「あの二人に尻尾があったらブンブン振ってそうね」
横にいる堀宮さんは二人の親のような達観した雰囲気を醸し出していた。水宮さんの属性は多そうだな。
「紗良ちゃんもハルくんも来てよ!」
「行こうかしらね涼原くん」
「そうだね二人が迷子になる前に行こう」
目玉の水槽を抜け、クラゲの展示コーナーに僕と月さんは来ていた。残りの二人は隣のヤドカリの展示を見ている。水宮さんはヤドカリの方を見たいといい、月さんはクラゲを見たいと言ったので紳助と俺で分かれたのだ。
「ねえハルくんクラゲ綺麗だね」
等間隔に並べられた水槽にそれぞれ違う種類のクラゲが泳いでいる。水族館の少し暗い照明に水槽の下から出る青の光でクラゲが輝き幻想的な世界が創り出されていた。
そして横の月さんはどこか儚げな雰囲気を出しているような気がした。
「うん綺麗だ」
「私がクラゲを見たいって言ったの何でだと思う?」
「クラゲが好きだからじゃないの?」
「うーんそれもあるけど、私の名前さ、月って文字が入ってるじゃんか。そして、クラゲって漢字で書くと海と月で海月なんだよ。だからこう興味があってね」
そういう彼女の目線はクラゲに向いていて、自然の神秘を目の当たりにして見惚れている少女のような顔をしていた。しかし、そこに小さな哀れみのような同情のようなそんな感情も共存しているようにも思えた。
「似てるなあ」
「ん?どうかした?」
彼女の消え入るような声が静かなこの世界にいる僕に聞こえた。
「いやさ、深い意味はないんだけどね。海月は自由に泳いでるようでも泳ぐ力は小さくて波の流れに身を任せて泳いでるって前に聞いたんだ。しかもずっとこの水槽の中で生きていってそして死んでいくわけでしょ。何か言い知れぬ運命的なものを感じちゃってさ。自由に見えて縛られていてさ」
そう語る月さんの表情に悲しみが含まれていたのを僕は見逃さなかった。
「凄いね。僕は何も考えずにただ綺麗だなとしか思えなかったよ。想像力豊かで面白いね」
「ありがと!さ、行こ!二人が待ってるかも!」
先程の表情は嘘だと言わんばかりに明るく振る舞う彼女を見ると胸が締め付けられるようなそんな感覚に襲われた。
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「それじゃあまたね」
日は沈み、月は登る。いつもと変わらない日暮。
しかし、そこに孤独感はなく、日曜の終わりの寂しさと月曜への期待がそこにはあった。
女子2人の服装はネットから探して引用しました。
オシャレな服装って文で表すの難しいですね。