青春と海月
僕が家を出たのはまだ日が沈むには早いくらいの時間帯だった。
病院にいた頃には祭に群がる人たちで独特の雰囲気を醸し出していた。
病室のドアを開けると君はベッドの上で寝転がりながらスマホをいじっていて、そのだらしない姿に自然と笑みがこぼれてしまった。
僕に気づいた君はしまったとでも言わんかのような顔をしてサッとベッドの上に座り、窓の外を見始めた。
「月、もう遅いよ」
「な、なんのことかしら」
「語尾おかしくなってるし、それより焼きそばとか好きそうなの買ってきたよ」
「やったー!食べよ食べよ!」
まるでよしと言われた子犬のように彼女は食べ物に夢中なようだった。
祭の食べ物を食べながら僕らはこれまでこんな事があったねなんて思い出を遡っていた。一緒に行った水族館や体育祭、月華祭に美術館。たった4ヶ月程度の月日で多くの場所にみんなで行った。どれも僕にとってはかけがいのない大切な記憶の1ページで、それは彼女にとっても同じだったらしい。そのことにちょっと気恥ずかしさはあれど、嬉しかった。
「もうすぐ花火が上がるって」
律儀にも過去の自分は花火の5分前にリマインダーを設定していたようだった。
「ここからでも花火って見えるのかな」
「見えると思うよ。多分だけど打ち上げがある場所ってこっから丁度いい位置にあるらしいからさ」
「ならさ、花火が上がるときにあれ言わない?たまやーとかかぎやーとかさ。一回言ってみたかったんだよね」
「いいねそれ、この年になるとそういうのって言わなくなるからなあ」
そうだ。
僕は無造作に席をたって、ドアの前まで移動する。
「どしたのハルくん」
そういう彼女の声を合図にこの病室の電気を消した。
───ドンッ
電気を消したタイミングで火の花が夜に散り始めた。
赤や青、金色や銀色、色とりどりの花が夜を色づける。
夏のあの言いようのない焦燥感を花火が増幅させる。胸がなにかで張り裂けるほど満たされている。別にそれが苦というわけではなく、なんなら心地良いまであった。
「たーまやー!」
彼女の声に現実に戻された。
「ほらハルくんも!」
彼女は花火に負けず劣らずの笑顔でそういった。
「かぎやー!」
病院の迷惑にならない程度に僕は声を出した。
恥ずかしいという感情はあるが、花火の光しかまともな光源がないこの部屋ならこの赤くなっているであろう頬は気づかれることはないだろう。
ふと彼女の顔を見るといつもの未知のものに目を輝かせる子どものような顔をしていた。
ああやっぱり───
□ □ □
紳助から連絡があったのは最後の花火が終わってしばらくした後だった。
「ねえハルくん、いま紗良から来たんだけど、ふたり結ばれたって!」
彼女は嬉しそうにそういった。でもどこか僕はひっかかった。それが何なのかわかんなかったが、それを聞けるほど僕はまだ彼女のことを知らなすぎる気がした。
そして僕はこのとき一歩でもいいから彼女の心のうちに踏み込んでいればと後悔した。
□ □ □
いつからだったろう。
こんなにも自分が醜く、疎ましく思うようになったのは。
「ねえお父さん、なんでお母さんと結婚したの?」
「お母さんは正義感が強い割に危なっかしいからなあ」
「ねえお母さん、なんでお父さんと結婚したの?」
「お父さんが一番頼りがいのある人だったからよ」
ねえお父さん、お母さん、なんで私だけ残していってしまったの?
どうして実の子供を残して、他人の子供を助けたの?
どうしてこんなふうに考える醜い私を生んだの?
小さい頃の私は自分でも思うほど馬鹿で明るい性格をしていたと思う。
それはきっとやりたいことを真っ先にするお母さんとそれをなだめながらも楽しむお父さんの姿を近くで見ていたからだろう。
週末には行きたいところに行って、雨の日は家でみんなでゲームしたりテレビを見たり、毎日が充実していた。
でも多分8,9歳の頃原因不明の病で体の何処かが日毎に痛くなるようになった。だから、入院するようになった。そんな状態でも両親は変わらず私を笑わせてくれた。
そんな幼少期の転機はある日曜日、たまたま病状が良くなって退院させてもらえたときにお母さんが釣りに行きたいなんて言うからわざわざ倉庫から釣り竿とかの道具を引っ張り出して海に出かけた。
釣りなんて待ってる時間が大半だから、幼い私はすぐに飽きてしまった。飽きた私はお母さんたちに内緒で海の散策をした。といっても面白みはなくただ海が荒くなって、暗雲が立ち込めていたのを歩きながら観察していた。
両親はいつの間にかいなくなった私を心配して、私を見つけに来てくれた。私は知らぬうちに釣り場のところから結構離れていたようで両親は私を見つけるのに時間がかかったらしい。
私がいないうちに大きな魚が釣れたようで今夜はこの魚をどう料理しようかなんてみんなで話していた。
そしたら急にお母さんが海に飛び込んだ。最初は何が起こったのかわからなかったが、お母さんの泳ぐ先に小さい子供がいて、そこでやっと状況を理解した。
それはお父さんも同じだったようでお母さんが波に飲まれて危険な状況に陥るとお父さんはお母さんを背に乗せて子供も一緒に助けようとしていた。岸の近くに来ると子どもの親が気づいてその子供を両親から受け取った。
その瞬間大きな波が来て二人は荒ぶる海に沈んでいった。その後どうにかして二人は引き上げられ、救急車を呼んだもののもう遅かったみたいで、幼ながらに死の唐突さと呆気なさを知った。
それから私は親戚の家に預けられた。父方の祖父母は父と仲が良好ではなく、母方の祖父母はもうなくなっていて、母の姉のところに転がり込んだ。
その頃には原因不明の病は消えていた。叔母さんは私に優しくしてくれたけど私は家に居づらくて高校生になったら一人暮らしをするという旨を叔母さんに話した。すると叔母さんは悲しそうな顔をしたけど了承してくれた。
生活費等は負担してくれた。私が稼げるようになったらそれ含めてお金を返すねと言ったらまた悲しい顔をされた。
そうして、高校に入学して彼に出会った。
なぜだか彼をはじめてみた時、懐かしさを覚えた。それがなんでなのかはわからなかったけど、彼の近くにいると心が休まる。ときには胸がざわめくこともあるけど、それは嫌いではなかった。今思うといつからか彼に惹かれていたのかもしれない。
そして、高校ではじめての女友達ができた。ただのくだらない話や恋の話なんかもして楽しかった。
でもたまにこんな事を考える。
あの日私が釣りに飽きずに両親と一緒にいれば二人が死ぬことはなかったのにって。ただ見ず知らずの子供が死んでしまうだけだって。
そんな最低なクズのような思考をする私が嫌になる。
みんなと一緒に水族館や月華祭、美術館、花火に行ってそれらを見た時、世界はこんなにも美しく彩られていて、私だけがポツンと黒く佇んでいるように感じた。
そして今こんなふうに醜い私が青春を謳歌したから呪いのように私は病院のベッドの上にいる。
私がこんなこと言うのは烏滸がましいけど、私は海月だ。行きたい場所もなくただ時間の流れにのって暗い海を漂い、死に向かっていく海月だ。
誰か、この私に生きる意味をください。
三日月の夜に淡い願いを唱えた。叶うはずのない願いを。




