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恋焦がれ月夏に願うは誰が為か  作者: 月乃夢理
恋焦がれ月夏に願うは誰が為か
2/21

出逢い

「やっと着いたぁー」

家を出て1時間坂道が波のように押し寄せて来る山道を自転車で駆け抜ける。

先程は嫌いではないと言ったが、前言撤回。あんなのをあと3年続けるとなると根気が必要である。まだ落ち着かない呼吸を無理に抑えて手で汗を拭う。

校門を抜け、桜が門のように並ぶ道を少し歩いて、1時間ともに戦った戦友を寂れた自転車置き場に止めた。

さて、どんなクラスなのだろうか。



   ◻︎ ◻︎ ◻︎


「それじゃあ、あとは頼んだ」


僕の所属する1-2の担当である佐野先生は自己紹介とこれからについて話したあと、生徒一人ひとりの自己紹介を生徒に丸投げした。この担任は少し小太りでヒゲをある程度生やし、いかにもめんどくさがり屋のダンディな先生だった。

そして分かったこの担任、放任主義だ。あと、タバコ好きだ。



一つの謎がここにはある。はじめの席は普通出席番号順ではないのか。この放任主義者は何がしたいのだろうか。席の順番はバラバラで規則性などないことがわかる。

適当に割り振られた席順に自己紹介が始まった。やはり、みんな自分の名前と「よろしくお願いします」としか言わないみたいだ。

さすが思春期に溺れた奴らの集まりだ。ま、僕もだけど。


「涼原 地遥ちはるです。よろしくお願いします。」


マニュアル化した文字の羅列を読み上げ、席に座る。ふぅと小さく安堵のため息をした。


「入江 月です!月と書いてルナです!これから1年間よろしく!」


元気はつらつな自己紹介で、クラスの凝り固まっていた空気が溶けた気がした。



自己紹介も終わり、教科書が配られた後、すぐに各自帰宅となった。この担任、新しい生徒に何か期待を膨らませるような気の利いた発言はできないのか。そう心の中で愚痴をこぼした。

1時間かけて戻るのかぁと麗らかな天気の空を窓越しに見ながら心を沈ませる。

放課後、佐野先生に呼び出されたせいで教室には僕一人。

電気の消えた日の光だけの教室は寂しさとこれからの期待を含めた何とも言えない雰囲気を漂わせていた。


ガラガラッガンッ


突然けたたましい音が雰囲気をぶち壊した。


「忘れ物!あれ?まだ人いたんだ」


少し思いに耽っていたところに来たその女子にほんの小さな苛立ちを感じつつも平静を装う。

そういえば誰なんだこの子?そうだ入江さんだ。

1人で問題を解決させ、とりあえずは地雷を踏まないだろうと安堵した。


「スマホ忘れてたんだよね。地遥くんはどうしてまだいるの?」


聞いてもいないことを言った挙げ句、自分の名前をしかも下の名前で呼ぶとは、コミュニケーションの鬼か。


「先生に呼び出されちゃって」


「そっか。初登校日なのに大変だね」


流石の僕だ。会話が続かない。そんな僕の様子を察したのか入江さんは言葉を紡ぐ。


「あっ良いこと教えてあげるよ」


「良いこと?」


どうせしょうもないことだろうと鼻で笑う。

しかし全く予想がつかないからこそ少し興味があるな。

彼女は少し小悪魔っぽい笑顔を見せて口を開いた。


「アラームに好きな曲を設定するのはクソだってこと」


にかっと太陽をバックにして笑う彼女は眩しかった。そして彼女の発言につい口から笑い声が漏れてしまう。


「知ってるよ。あれは確かにクソだよね」


二人だけの教室に窓から風が入り込み入江さんの髪を舞わせる。


「春がきたね」


そう微笑む彼女にどこか懐かしさを感じる。記憶に存在しない彼女のことを何故懐かしいと感じるのだろうか。

まあいつか分かるだろ。お得意の問題の先送りをし、彼女を見据える。


「これからよろしく」


「こちらこそ!」


そよ風が僕らを包み込み去ってゆく。

春の温もりと規則的に並んだ机。

床や机の上に写る影。

風で舞うカーテン。

この教室に春が満ちていた。

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