先生という存在
──入江月はこの世から消える
言葉が頭を殴った。
先生の言葉が嘘かどうか、そんなのは目を見ればすぐにわかった。でも納得などできようはずもない。非現実的過ぎるのだ、あまりにも。
ようやく彼女のことも知れて、原因不明の体調不良も改善の兆しが見えてきてこれ以上彼女に何も起きてほしくない。自分の独りよがりな思いなのはよくわかってる。それでも彼女がこれ以上悲惨な目に合うのは黙って見ていられるはずがない。
先生に何故そんなことを言っているのか聞こうとした。
その時だった。
先生はズボンのポケットからおもむろに一枚の白い短冊のようなものを取り出し、テーブルの上にそっとおいた。
それが視界に入ったとき、はじめはそれがなにかわからなかった。それが何なのか気づいたのは厨房の窓から覗いた待宵の月が夜の色に染まった雲から出てきたのが見えた時だった。
──願いの切符
話にしか聞いたことのなかった代物で気づくのに時間がかかったが、月光があたると透明に薄く輝く姿からそれだと確信を持てた。小さい頃から近所のおばあちゃんたちからその迷信のような話はよく聞いていた。
願いの切符、月光に照らすとその紙は透明に薄く輝き、切符を通して月を覗き、願い事を唱えるとその願いは月に届く。
そんな話を幾度となく聞かされていた。でもそれにうんざりするどころかその夢のあるその話に魅了され、よく神社に行きおみくじを引いていた。次こそは当たるだろうと根拠のない自身を持って何度も行った。しかし何度引こうともその白紙の紙は現れなかった。そんな迷信に騙されたといつしか僕は神社にいかなくった。それでも年に一度の月華祭には神社に行っておみくじを引いていた。それでも当たることはなかったけど、もしかしたらなんて淡い泡沫のような希望を抱いては消え抱いては消えを繰り返していた。
そんな幼き頃の馬鹿みたいな思い出がふと脳裏に湧いて出てきた。眼の前にあるそれはいつからか信じることのなくなった迷信が本当だったという証拠でどう表現したらいいのかわからない感情が胸に蔓延った。
僕が先生にそれをどこでと疑問をぶつける前に先生は口を開いた。
「涼原、これがなにかなんて説明しなくてもわかるはずだよな?いいか、入江はこれが原因で今入院している。お前には入江がこれをどこに保存しているのか調べてほしいんだ。」
先生は変わらぬ眼差しで僕にお願いしている。そのお願いを聞く前に僕には聞きたいことがある。
「その願いの切符が原因って具体的にはどのように願いの切符がかんよしてどうなって月は消えてしまうんですか」
「非現実的な話に拍車がかかるが、この世界には神という理から外れた存在がいる。俺はその一柱と昔話したことがある。そいつは暇だからという理由である遊びをしているらしい。それも願いの切符とかいうものを作って自分の管理下にある神社のおみくじに混ぜ、そして気に入った人間にそれを引かせ、願いを叶えてあげてその後の反応を見るという遊びだ。その願いに見返りは求めず、そのかわりに願いの末にどんな結末に陥ろうと神はただ見守るだけで関与はしないという。なんとも無責任な遊びだ。まるで人生などそいつの暇つぶしにあるとでも言っているかのような遊びだ。」
先生の言葉には怒りのようにも諦めのようにもとれる感情が込められていた。もしかしたら先生はその神と呼ばれる存在に振り回されたことがあッたのかもしれない。
「ここからが本題なんだが、その願いの切符を手に入れた者はそれを使わなくてはならない。厳密に言うとそれを手に入れた者はそれを無視して"時"を過ごしてはならないんだ。もしそうしてしまえば、神の意向に背いたとしてその者はこの世界から消える。前まで止まっていた入江の"時"が動き出したから入江はいま消えかけている状況にあるんだ。だから入江の持っている願いの切符がどこにあるか探してほしいんだ」
「でも先生どうして俺に?水宮さんとかに頼んでもいいような気がするんですが」
「まあそれは勘ってやつよ。それと若人の恋愛を手助けしようという俺なりの優しさだ。」
先生はにやっと笑ってそういった。それに言い返す言葉などなく、僕は敗北感を覚えた。それにしても人の命がかかってるってときに恋愛事を優先するとは先生はどこまでも先生のようだった。
ふと時計に目を向けると約束の時間が迫っており、最後に先生に挨拶をして僕は店を出た。
「先生、色々言いたいことはありますが、とりあえずありがとうございました」
すると先生は笑って任せたと言った。夜に似合わない笑顔で。




