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恋焦がれ月夏に願うは誰が為か  作者: 月乃夢理
恋焦がれ月夏に願うは誰が為か
17/21

月光に小さな尋ね人

「月にはね両親がいないの」


時計の針が止まって見えた。

3人の間には沈黙が訪れ、窓の隙間から漏れた風が僕らを揶揄っていく。いつの間にか動き始めていた時計の針は音を無機質な廊下に響かせて時間の経過を知らせている。

月に両親がいない、?

そんな素振り見たことなんてないし、言われたことだってなかったはずだ。両親がいないってことは2人で夜道を歩いていたとき月はどんな思いだったんだ?僕は月にだけは相談すべきではなかったんじゃないか?

多くの疑問が頭の中を駆け巡る。それでも感情は冷静で取り乱すことはなかった。

そんな状況を破ったのは真実を告げた水宮さんだった。


「ごめんね、ほんとは月の口から言ってもらうべきだったんだろうけど今言わなきゃ月も困っちゃうと思ったから」


水宮さんは左手を右腕に添えて俯いたままそう言った。月“も”ってことはきっと僕ら2人のことを思っているのだろう。助けてあげてほしいという意も込めて。


「大丈夫だよ水宮さん、僕らも何かできることがあったら協力するから」


この話を聞いたからにはとかじゃなくて友達として手伝いたいし、それに、、、


──ピロン

   ピロン


スマホの通知がどこからか2つ聞こえた。

慌ててスマホを見るが、僕ではないみたいだ。

同じように2人もスマホを取り出して確認している。


「ごめん親と夜お婆ちゃん家に行くの忘れてた。もう帰んなきゃ」


「私も今日は従兄弟がご飯食べに来るんだった。お母さんが帰って来てって」


見計らったかのようなタイミングで2人は帰らなきゃいけなくなったようだ。

ごめんねと言って2人は重い足取りで帰って行った。一人取り残された僕は最後に月の様子を見て帰ろうと病室のドアのハンドルを引いた。


入った時に花びらがひらひらと窓からやって来てベッドの上に乗った。この病院は川の隣に立っているため、堤防の上の木から花がやってきたのだと窓の外の景色からわかった。

中は電気は付いておらず窓から差し込む月光のみで部屋は満たされていた。先ほどの生温い風とは違い、涼しさと少しの湿気を含んだ風が月光と共に外から入ってきているようだった。

肝心な月は既に上半身を起こして窓の外を見ていた。その後ろ姿は儚げで何かを悟っているように見えた。彼女はこちらにゆっくりと顔を向ける。その表情はやはり儚げで悲しげに微笑んでいた。


「ハルくん来てたんだ」


彼女の聞き慣れた声が心を揺さぶる。いつしか気づいた感情が心を支配していく。いつもは紳助や水宮さんがいたから友達感覚で接していたけど二人きりになってしまった今、そんな感覚は消えていった。


「うん、水宮さんから連絡があってさ。月が倒れたって」


彼女は少し申し訳なさそうにして口を開いた。


「なんかごめんね。こんな時間にさ、」


「友達が倒れたんだから当たり前だよ」


なんとなく『友達』というのに勇気がいった。いや臆しただけなのかもしれない。


「安心してよ。たぶんただの夏バテ」


こんなに酷くなるとは思ってもなかったけど、と彼女は微かに笑った。

その表情にひどく胸が痛む。今すぐにでも抱きしめたいそんな欲求が浮かぶ。でもそんなこと出来るほどの勇気は僕は持ち合わせてなどいなかった。

それでも踏み込む勇気だけは丁度持ち合わせていた。


「ねえ、月」


たった四文字の言の葉に重りが乗った。


「両親がいないってほんと、?」


その言葉を言った後、これから語られるであろうことへの緊張感と勇気を振り絞れたという安心感がやってきた。

彼女は口を開こうとして何かを躊躇って口をつぐんだ。

そこには沈黙が流れ、それを破ったのは小さな尋ね人だった。窓からひらひらと舞ってベッドの上に落ちた花びらの蜜を吸いに一匹の蝶が訪れ、蜜を吸った後月光で輝きながら音もなく去っていった。

それを2人で眺めて一拍の時を刻んだ時彼女は微笑んで口を開いた。


「実はね紗良がその話を2人にしたのを窓越しに聞いてたの。風が紗良の声を運んできたから」


彼女は知っていたのだ。僕が彼女に会った時に何を聞くのかを。


「だからさ、なんて言おうか考えてたんだ」


彼女は右手で髪をクルクルと器用に回しながら俯いてそう言った。


「たぶんそういう運命だったんだろうね。海で溺れてる子を救おうとして、それでお母さんが海に入って、、、子供は助かったけどお母さんは足を攣ったみたいで、、そしてそれを助けようとしたお父さんも海に入って、、、それで高波に攫われて、、ね」


彼女は思い出を手繰り寄せるように上を眺めながら言葉を紡いだ。


「私も2人を助けようと飛び込もうかしたんだ。でも、お父さんが上に顔を出した時に息もせずに私に『見捨てろ!!』って。キツかったなあ。だって私、両親を見捨てたんだもの」


彼女は必死に悲しみと自責の念に抗いながらも笑みをつくった。


「ねえハルくん、君だったらどうしてた?」


彼女はあの時の彼女への慰め方を探しているように見えた。


「わからないよ、そんなの経験しないとさ、」


それを聞いてより笑みに悲しみが混じるから。僕は慌てて、でもと言った。何も言葉など用意していないのに。


「、、、僕は月のしたことは間違いじゃないと思う。少なくとも僕はその時君が海に入らなかったから今君と話せてるわけで。最低なのはわかってる。でも僕は君が海に飛び込まなくて良かったって心から思えてるんだ」


僕はこれ以上ないほどに最低なことを言っているのだろう。でもこれが本心で、ここで隠したら僕はきっと自分のことをまた嫌いになるから。


──そっか


俯いた僕の耳に彼女の声が静かに響く。


「ありがと。」


彼女は窓を向いていた。さっきの蝶は窓の外にはいない。きっともうまた次の花のところへと向かっていったのだろう。ここに悲しみの蜜はないと知って。

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