時計に風
何だったんだ。幽霊のように現れて言いたいことだけを言って帰ってった彼女は。何とも言えない苛立ちを抑えながら自転車の方へと歩く。石畳に響く足音が静寂の闇夜に消えて征く。頭上にはもう三等星も顔を出し、田舎の特権である満天の空を僕に見せてくれた。自転車に跨り、坂を下り出す。風を全身に受ける。あの苛立ちは夏夜の風に揺られ、飛ばされ、消えてった。下にはまばらな家々の灯りでここは田舎だなと改めて実感する。それでも嫌な気はしないし、むしろ安心を覚える。風は僕の髪と熱を攫い、明日へと去っていった。
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家に帰り、スマホを開くと何通もの不在着信の通知が綺麗に整列していた。それは紳助だったり、水宮さんからで2人して何だと思いながらも紳助に電話を返す。何拍かの着信音の後紳助の息の荒い声が聞こえた。
『おい地遥今どこにいる、!』
「どした?家にいるけど」
息を切らし掠れた声の紳助から緊張感と切迫感が伝わる。
『とりあえずここに来い!』
そう言うと紳助とのメッセージ履歴のところに新しいものが送られてきた。マップの写真のようだ。
「病院、?」
『月が倒れたらしいんだ!』
「夏バテじゃないのか?」
『そんなのだったらこんな焦ってねえよ!察しろ!』
「なんで紳助は月が倒れたの知ってんだ?」
『水宮が一緒にいたみたいで今みたいに電話が来たんだよ』
とりあえず今から早く来い!とだけ言い残して電話は一方的に切られた。ふうと一息ついて立つ。
──チリン
風鈴の音が夜を揺らす。そして思い出す。
『キミ次第だしねその子の命運は』という彼女の台詞を。心臓がキュッと締まり、鼓動が緊張感を帯び焦りを生む。
気づけば自転車で走り出していて夜の静けさは鼓動の音が大きいと錯覚させ、星の輝きは僕の目にだけ映らなかった。
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「地遥ー!こっちこっち!」
病院の前には紳助が立っており、駐輪場に案内してくれた。
「月は?」
駐輪場から玄関入り口まで歩きながら聞く。
「今は病室で寝てるみたい。入院するらしいんだ。紗良が今同じ部屋で月を見てる」
「やっぱどっか悪いのか?」
入院ということはそれほど容態が悪いのだろう。
「あーっと、お医者様でも原因が分かんないらしいんだ。だから検査入院的な感じらしい」
「そっか何もないといいんだけど」
医者が分からんと言うのだから僕らに何かできるわけがない。やはり治るのを待つしかないようだ。それにしても
「なんで水宮さんはこんな急に呼び出したんだ?」
「分からん。詳しくはあとで聞こうぜ」
病院に入った途端に病院特有の匂いが僕を襲った。なんとなくこの匂いが苦手だ。僕らは看護師さんに月の病室を聞き、そこへ向かう。
「303号室だっけか?」
「ああ確かここを曲がって、、、」
曲がったところには横長の椅子があり、そこには遊ぶためにお洒落してきたのであろう水宮さんの姿があった。
「あー2人ともごめんねこんな急に
「それはいいけどなんで急いで呼び出したの?」
水宮さんは僕らを見るなり頭を下げた。それが僕らには心地悪くて紳助は話題を変えた。水宮さんはどこか暗い様子でそれでも無理して笑顔を作っているように見えた。
紳助は直球に水宮さんへと質問を投げかける。
「2つ理由はあるんだけど、大きな理由は勘だよ。今呼ばなきゃっていうね。だからほんとにごめん」
「いいよ別に。勘って案外当たるし、当たんなくても良いでしょこの場合」
正直僕がここに全速力で来たのも勘だったりするし責める理由なんかどこにもない。きっと水宮さんは月の様子などから何かを察したのだろう。
「なあ紗良、もう1つの理由ってなに?」
先ほどとは違い真剣な面持ちで紳助はまた質問する。水宮さんはそれに答えにくそうに髪を右手の指でいじりながら言葉を零した。
「月はね──」
一瞬後ろの時計の針が止まった気がした。
「両親が亡くなっているの」
チッチッチッとさっきまでは気にもとめていなかった時計の音が鼓膜を刺激している。夏の生温い夜の風が窓の隙間から入り僕ら3人の間にどこからか沈黙を運んできた。




